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画」という言葉が公的に用いられるようになるのは,1940年(昭和15)に企画院が示した「国土計画設定要項」以降のことである。ただし,同要綱は,統制的な色彩が強い物資動員計画であり,空間的な構造を直接変化させるようなものではなかった。一方,同時期に,内務省は都市計画を発展させ,それを補完する地方計画を積み上げることによって国土計画的施策への接近を目指した(川上,1995)。1943年に企画院が廃止されると,国土計画の立案は内務省に一元化されたが,戦時下での計画立案は限定的なものに止まり,終戦直後の1945年9月に「国土計画基本方針」が提起された。しかし,その後,国土計画策定の中心はGHQの監督下で発足した経済安定本部に移り,1950年に国土総合開発法が制定され,1962年には第1次全国総合開発計画が策定された。川上(前掲)が論じているように,国土総合開発法が制定されてから10年以上経過して全国計画が策定されたのは,「国土」の全域を対象にする計画よりも省庁横断的な「総合」計画に重点を置く経済安定本部の方針が優先されたためである。全国総合開発計画は,1987年に策定された第4次全国総合開発計画(四全総)まで継続し,1998年に5期目の全国総合開発計画が「21世紀の国土のグランドデザイン」と名称を大きく変えて策定された。さらに,国土総合開発法は2005年に改正され,国土形成計画法に名称を変え,2008年,国土形成計画が策定された。「21世紀の国土のグランドデザイン」は,国土軸の概念が提唱されたことが特徴であり,国土の「均衡ある発展」から「特色ある発展」への転換が示された。これは,国土全域の発展を地域間格差の是正によって一方向に導くことへの限界を示したものであり,国土形成計画が全国計画と広域地方計画に分けて策定される国土計画転換の嚆矢となった。しかし,名称が変わり「総合」の文字は無くなったとはいえ,省庁横断的な観点から国土を捉える姿勢は維持されており,国土形成計画においても機能的な発展を総合的に提起する国土計画であることに変わりはない。一方,内務省から建設院を経て建設省に引き継がれた国土計画立案の姿11第1章地域政策としての総合計画valuation use onlyon use only evalualy evaluation use luation use only e use only evaluatio

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