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第一章 江戸と海坂と 藤沢周平文学周遊9な衝撃を受けたためであった。 『海坂』は単に藩の名前を借りただけではなく(これはこれで重要なことなのだが)、藤沢の作家活動にさまざまな影響を与えた。以下二つのことを指摘しておこう。 一つは、長編小説『一茶』(昭和五十二年『別冊文藝春秋』に連載)を執筆する遠因を作ったことである。藤沢は『海坂』に接するまでは「一茶の句などは読むに値しないものだと思っていた」(同前)と正直に言っている。句作を始めてからも「一茶は、必ずしも私の好みではなかった。私はどちらかといえば蕪村の端正な句柄に、より多く惹かれていた」(前出『藤沢周平句集』所収「小説『一茶』の背景」)のだが、「あるとき、一茶の句ではなく、生活にふれて二、三の事柄を記した文章を読んだあと、一茶は私の内部に、どことなく気になる人物として残った」(同前)と言うのである。それは弟から父の遺産を半分奪い取るといった、一茶の人間くささに心ひかれたからであった。 若き日の『海坂』との出会いが『一茶』に発展したことを藤沢は果実にたとえ「枝のはじっこに、奇妙な実をひとつ結んだ」(同前)と述懐している。 もう一つ『海坂』との関係で指摘しておきたいのは、小説の文体への影響である。たとえば次の有名な一節。  いちめんの青い田圃は早朝の日射しをうけて赤らんでいるが、はるか遠くの青黒い村落の森と接するあたりには、まだ夜の名残の霧が残っていた。じっと動かない霧も、朝の光をうけてかすかに赤らんで見える。そしてこの早い時刻に、もう田圃を見回っている人間がいた。黒い人影は膝の上あたりまで稲に埋もれながら、ゆっくり遠ざかって行く。(『蟬しぐれ』「朝の蛇」) 藤沢の文章は、比較的短い文を連ねていくことが多い。それぞれの文はさほどに技巧を凝らすことなく、淡々とした印象を与える。ところが、そこに描かれる風景はあたかも現実に存在するかのように読者の眼前ation use only eva use only evaluationvaluation use only ion use only evalue only evaluation luation use only ev u

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