出版物のご案内 :: 山形大学出版会
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005序言:事実と認識の森へ さまざまな映画祭が世界中で開かれているが、ドキュメンタリー映画を対象とするものは稀である。山形国際ドキュメンタリー映画祭は、そのような数少ない試みとして、1989年から隔年で開催されてきた。2013年で第13回を迎える。 これまでに映画祭に応募された作品の多くは、現在、山形ドキュメンタリーフィルムライブラリーに所蔵されている。本書は、山形大学人文学部を中心とする研究者と学生が、膨大な数にのぼるフィルムのなかから、とくにロシア、ドイツ、東欧諸国に関係する作品を調査した結果をまとめたものである。 山形国際ドキュメンタリー映画祭の四半世紀の歩みは、東西冷戦構造の崩壊、およびその後の変動と時期を同じくしている。ライブラリーに所蔵されているフィルムの多くは、この世界史的な転形期の記録にほかならない。 とりわけ本書の対象となるロシア、ドイツ、そして東欧諸国は、第二次大戦後の東西対立の最前線だった地域である。冷戦構造の崩壊は、これらの国々に住む人々の価値観を揺り動かし、生活を変え、運命に大きく作用してきた。ライブラリーに所蔵されているフィルムは、そうした人々の姿を、私たちに、そしてさらに後世の人々へと伝えている。*   *   * 所収の論文について概略を述べておこう。 第1部には、ロシア(旧ソ連)関係のドキュメンタリー映画を考察した2編が収録されている。中村唯史「事実と記録のあいだ――ロシア/ソ連ドキュメンタリー映画をめぐる言説と実践について――」(第1章)は、1920-30年代のソ連における映像実践と批評言説の分析を通じて、ドキュメンタリー映画というジャンルが不可避的に内包している「事実」と「表象」の相克の問題を論じている。1920年代のソ連にはまだ、現実から切り取られた「事実」の映像がモンタージュを通して製作者の意図に強く規定されることに対して、自覚的な創造や批評が存在していた。だが1930年代にかけて、そのような方向性は抑圧され、ソ連社会主義という「大きな物語」によって規定されながら、そのことを隠蔽し、事実を客観的に示しているかのようなスタイルが支配的となっていく。ソ連崩壊後のドキュメンタリーにも、このスタイルはなお保たれているが、しかし作品を規定しているのは、すでに「大きな物語」ではなく、「場所」「芸術家」「ノスタルジア」といった「小さな物語」である。evaluation use only ese only evaluation usaluation use only eva only evaluation use oation use only evalua

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