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006 もう1編の論考、淺野明「過去への回帰――歴史に問いかけるということ――」(第2章)は、1990-2000年代ロシアのドキュメンタリー映画を、ソ連崩壊後の混乱の中で自分たちのアイデンティティを探求する営為と捉え、個別的に考察している。安定した規範が失われた時代にこそ、ひとは自分達が何者であるのかを追い求めるが、その過程で過去や伝統に拠り所を求める場合が少なくない。後に劇映画に主軸を移していくアレクサンドル・ソクーロフ監督のドキュメンタリー映画『ロシアン・エレジー』(1993)の中に、著者は「ロシアの自然とそれを踏まえて発展してきた文化伝統への回帰こそが、ロシアを再生させる鍵である」とのメッセージを読み取っている。挽歌(エレジー)の痛みや懐旧(ノスタルジー)の思いに満たされた集団的記憶に立脚することこそが、未来への第一歩であるとの主張である。 第2部には、ドイツ・ドキュメンタリー映画に関する2編の論考が収録されている。ラインホルト・ヨーゼフ・グリンダ「ドイツ記録映画史序説」(第3章)は、20世紀初頭以来のドイツ・ドキュメンタリー映画の歴史を概括している。20世紀前半において、記録映画は「文化映画」と呼ばれていた。文化映画の内容は多彩であり、実験精神にも富んでいたが、他方では映画産業の集中化と政治的統制が進み、文化映画は政治プロパガンダに利用され、それがナチス体制下で頂点に達した。戦後東ドイツでは、社会主義国家が意図的にドキュメンタリー映画を政治利用するが、1960年代になるとカール・ガスたちが日常生活の現実や社会問題を集中的に採りあげ、西ドイツに先駆けてドキュメンタリー映画に新しい地平を切り開いた。他方西ドイツでは、商業ベースの旅行映画などが盛んであったが、ここでも60年代末には、自国の社会や歴史と批判的に向き合う映画が増大する。しかもこれらの世代は、劇映画とドキュメンタリーを股にかけて活動し、これによって映画技法の革新もあった。近年、ドイツ映画に関しては優れた映画史研究書が刊行されたが(ザビーネ・ハーケ『ドイツ映画』鳥影社、2010年)、グリンダの論考によって、ドイツ・ドキュメンタリー映画史に関しても詳細な概観を得ることができるであろう。グリンダはまた、山形ドキュメンタリーフィルムライブラリーの所蔵作品の中から、現代ドイツの対照的二面性の理解に資する映画を紹介している。 ドイツ・ドキュメンタリー映画に関するいまひとつの論考は、山崎彰「ドイツ民主共和国の崩壊と社会主義の体験」(第4章)である。本稿では、東ドイツで育った監督たちの作品が多く採りあげられているが、中でも、ガスの直弟子ヴィンフリート・ユンゲ、東ドイツ国家から追われたジビル・シェーネマン、統一後の世代であるゲルト・クロスケは、それぞevaluation use only ese only evaluation usaluation use only eva only evaluation use oation use only evalua

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