ブックタイトル出会う。| 山形大学 大学案内 2018

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出会う。| 山形大学 大学案内 2018

減少し続けるサクラマス。渓流への遡上を阻む治水・利水施設防災と環境保全の両立が課題。「山形県は美しい渓流が多くあります。この地に惹かれ続けているうちに、河川環境学を志すようになりました」と語るのは、京都出身で本学のOBでもある渡邉一哉准教授。活動の場は国内にとどまらず海外にも及んでいる。山形の美しい渓流域は、一方でそのほとんどが危険渓流に指定されており、防災対策が必要となっている。このような治水・利水面と自然環境の保全と調和を図る新しい技術の確立が必要で、この調和的技術を「ストリームセラピー」と呼び、基礎的研究から応用・実践検証まで幅広いテーマで取り組んでいる。「対象となる水環境を捉えようとする場合、その環境に強く依存している種の目線で見つめることが効果的であると考えています。私が対象とする生きものはそういう存在なのです」。その代表がサクラマスである。山形県の魚にも指定されているサクラマスの資源量は減少の一途で、ピーク時の10分の1程度まで落ち込んでいる。サクラマスは、鶴岡市を流れる赤川にも遡上することが知られており、赤川は全国各地から多くの太公望が訪れる。また鶴岡市最大のお祭りである「天神祭」に欠かせない供物である。このように地域の文化に根差した存在であり、生態的特徴や今日的課題からも指標種にふさわしいと考えた。資源量の減少要因として特にサクラマスの産卵に必要な河川の上流部や、支流となる渓流域が、治水・利水施設によって遮られ、遡上域が限られていることが大きいと語る。では、負の要因である構造物を除去すれば?と考えがちだが、問題はそう簡単ではない。例えば渓流域での代表的な防災施設に砂防堰堤が挙げられる。この構造物は、洪水時の土石流災害を防ぐ役割を担っているため、簡単に除去することは出来ない。防災と自然環境の保全を両立させる手立てはないのだろうか?サクラマス遡上時期の平均40日間の連続調査から見えてきた実態と課題。近年、すでにある砂防堰堤に切り込みを入れる「スリット化事業」が実施されている。洪水時の土石流を防ぎながら、平水時には上流から供給される水や砂礫がスリットを通って下流に流れるため、魚類の上流側への移動も期待されている。2010年、農学部演習林を流れる早田川の砂防堰堤もスリット化された。早田川は、赤川水系において古くからサクラマス産卵河川として知られている。果たして、サクラマスはスリット効果で上流域まで遡上できているのだろうか?渡邉准教授と学生たちは、サクラマスが遡上する期間を通して、毎日約2時間かけて調査を続けた。2011年から2016年まで平均40日間の連続調査を行った結果、年間平均約80尾の個体が確認され、毎年最上流部まで遡上していることが明らかとなった。この結果により、サクラマスの遡上域を拡大するというスリット化事業は一定の成果を見たと言える。ところが、大きな問題も明らかとなった。遡上域が拡大されたにもかかわらず、産卵床が増えていないことがわかったのだ。サクラマスの遡上目的はただ一つ、繁殖である。繁殖期を終えると一生を終える彼らに「次の年」は無い。では、不足している産卵場をどのように手当てすればいいのか?まずは実態の把握を、が基本なので、産卵場の調査を遡上期の調査に加えた。サクラマスは産卵後、卵が流されないように掘った穴の埋め戻しを行うのだが、その際に形成されるマウンド(塚)の材料が重要である。マウンドは、秋雨で流量が増加する産卵期には壊れず卵や仔魚を流れから守り、成長した仔魚が遊泳生活に入れるよう翌春の融雪期の流れで壊れる必要がある。そんなサクラマスが求める適材と適量が早田川での調査と実験水路での計測から明らかになってきた。次は、川のどこにどれくらい産卵環境を提供すれば良いかを知る必要がある。このように、得られた知見が次の課題をもたらし、あらたな調査研究へ発展していく。得られた知見を重ね合わせていくことで、科学としての成果だけでなく、具体的な調和技術の確立が進んでいく。「診断方法があって、具体的な問題点が明らかになり、問題点が明らかになって初めて治療(処方)を検討できるわけです。人間だって同じですよね?でもこれまでの環境保全策は、この当たり前の手順を欠くことがとても多かったわけです。ストリームセラピーは診断から治療までのトータルな技術が必要なのです」。今しかできない意欲的な挑戦を!現地を調査する中で得られるものは科学的発見や成果だけではない。「それ以上に、十分ではない環境の中において、命がけで生命のサイクルを回し続けるサクラマスたちの姿を自身の目で見て、何かを感じて欲しいですね」と語る。毎日川辺を歩き回る踏査は肉体的にもきつく、義務や強制では続かない。「楽しいことは楽ではない」が渡邉准教授のモットー。「せっかく大学に来たのだから、自分が本当に楽しめる、自分にしかできない意欲的な挑戦をしてほしいと願っています。その中で、私の分野にも興味をもって来てくれればうれしいですね。挑戦意欲をかき立てるテーマは山ほどあります。一緒に野山を駆けまわりませんか?楽しいですよ」。農学部P.128早田川に生息するヤマメと産卵にやってきたサクラマス。上/農学部の演習林を流れる早田川のヤマメ。“渓流の女王”と呼ばれるヤマメは、サクラマスとまったく同じ種類の魚。海に出ることなく一生を渓流で過ごす。中/早田川を踏査する渡邉准教授と学生たち。サクラマスの遡上の実態を把握するために、遡上時期のおよそ40日間、毎日約2時間歩いて地道な調査を行っている。下/早田川に産卵にやってきたサクラマスのオスとメス。手前の赤い婚姻色を示しているのがオス。雌雄一緒は希少なツーショット。ストリームセラピーで治水・利水も生態系も調和のとれた河川環境へ。渡邉一哉准教授|河川環境学、応用生態工学Yamagata University 47