ブックタイトル出会う。| 山形大学 大学案内 2018

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出会う。| 山形大学 大学案内 2018

卵巣内で眠っている卵子を有効活用するための生殖工学技術を開発し、哺乳類雌の生殖寿命の延伸に繋げたい。生殖生物学、動物生殖工学を専門とする木村直子教授は、動物のからだの仕組みへの興味から大学では農学部で畜産学を学び、卒業後一旦は食肉加工会社の研究所に就職した。しかし、その研究所で出会ったウシ卵の発生の不思議に魅了され、出身大学に戻って大学院に進み、学位を取得し、研究者になったという異色の経歴の持ち主。「生命の不思議(からくり)は、私たちの知的想像をはるかに超えて、理にかなった緻密さを備えていることに気付かされます。哺乳類の生命の始まりは、顕微鏡で見ないとわからない約0.1mmの一つの細胞。それが大きなウシになったり、ヒトになったりすることを考えるとワクワクしませんか?」と、今も卵細胞の研究に対する情熱は変わりない。そんな木村教授の研究室では、「産業動物の増産や、ヒトの高度生殖補助医療分野などにも貢献し得る生殖工学技術の開発」と「哺乳類の生殖機能を低下させる環境因子に関する研究」に取り組んでいる。哺乳類の雌では、胎仔期に卵母細胞への分化がほぼ終了し、その後増殖しないため、母体の加齢と卵の加齢は同時に進行する。さらに卵巣に存在する卵の99%以上は、排卵に至る前に段階的に退行し消滅する。したがって個体寿命の延伸に並行し、雌の生殖機能を維持し向上させるためには、卵巣内の卵を如何に健常なまま維持し、退行していく運命の卵をどれだけ有効活用できるかが鍵となり、研究課題となる。現在、生殖細胞を対象とした発生工学・生殖工学技術は、産業動物の生産やヒトの高度生殖補助医療の現場で汎用されている。しかし培養により発生させた卵は、体内発生卵に比較し、正常発生率が低く、産仔率は体内発生卵の概ね半分にも満たない。加えて高齢母体の卵では、染色体異常の増加や細胞内小器官の機能低下が顕著となり、着床率の低下や流産率の増加を伴い、正常産仔を得るのはさらに難しくなる。今まさに、安全性や経済性を高めるための技術開発が求められているのだ。木村教授はその点に着目し、低クオリティ卵の救済培養法や卵の染色体異数性を防ぐ培養法、卵巣内貯蓄卵胞数の上方制御法などの開発を念頭に、「酸化ストレス」と「老化」をキーワードに、生殖障害の分子メカニズムの解明を行ってきた。生体の抗酸化機能を一部欠損させたマウス卵では、核のDNA損傷応答が活性化し細胞分裂が停止する、染色体の異数性が約2倍に増加する、卵巣では卵胞発育や排卵に障害が生じる、などの異常が見つかっている。これらの障害メカニズムを明らかにすることで、障害から防御あるいは回復させるピンポイントな薬剤を探し出すアプローチをとっている。最近、卵の染色体異数性の低減が期待できる薬剤も見出している。一連の研究から、欠損している抗酸化機能の違いにより生殖障害の表現型が異なる点は興味深い。また「酸化ストレス」と「老化」による障害メカニズムの同異点が徐々に明らかになりつつあり、ワクワクは尽きない。これらの研究が進み、培養卵の産仔率が向上し、常法では産仔に到達できない低クオリティ卵からレスキュー培養により産仔が得られれば、畜産業、希少動物資源の保護、ヒトの高度生殖補助医療の領域でのパフォーマンスに寄与するものと考えている。生き物の生死に立ち会う日々の中、研究テーマに挑みつつ、しなやかに生き抜く精神力を鍛錬。木村研究室における研究手法は、実験動物からの貴重な材料・サンプルで研究を行っている。実験動物の管理、動物のからだの生理に合わせた緻密な実験計画、地道にコツコツと。日々の研究から得られた小さな発見の繋ぎ合わせが、新たな生命現象の概念を生み出す。研究室の学生たちは、毎日自分が担当する動物を飼育し管理する。一日のうち僅かな時間でも自分以外の生き物のために何かをする、生き物の生死に立ち会う、そういう体験の繰り返しが必然的に彼らの精神鍛錬につながっているようにみえる。研究室入室当初はバラバラだった学生間に、卒業・修了する頃には一定の連帯感や信頼感が出来上がっていることは、動物の飼育や管理作業での助け合いが奏功していると考えている。時々、学生が学会から優秀発表賞や奨励賞などを頂いたりする時は、ほっと胸がすく。食生活も医療技術も向上し、私たちの寿命は約80年前と比較して2倍近くまで延びているにもかかわらず、哺乳類の生殖寿命はほとんど変わっていない。可能な限り生体に負担をかけずに卵巣機能を高め維持できる期間を長くするための技術開発は、産業動物の生産効率やヒトの生活クオリティや満足度を高める上で非常に重要と考えられる。今や女性にとっても30~40代は働き盛り、女性の生殖寿命が延びれば、その時期に仕事か出産かの選択に迫られることもなくなるかもしれない。女性の生き方も変わってくるのではないだろうか。縁あって自身の研究室で学んだ学生には、社会に出てからも、生き生きと自身の役割を果たしてほしいと願う木村教授。木村研究室では、胚培養士という学会認定資格の道も開ける。知識や技術はすぐにリニューアルされる変化の速い今の時代。だからこそ、物事の本質を考え抜く力、自身の考えを実現していく力、愚直にもしなやかにも生き抜ける精神力、皆の幸せが巡って自身の幸せに繋がる公共心、など基本的な生きる力が重要になると考える。それらを体得できるよう学生に機会を与え続けることを大切にしている。コツコツからワクワクまで、大学時代にしか経験できない時間がここにはある。農学部P.128生命誕生のさらに前夜動物の卵細胞を科学し、将来はヒトへの応用も。木村直子教授|生殖生物学、動物生殖工学48