2012年の中教審答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」において、学生が主体的に問題を発見し解を見出していく能動的学修(アクティブ・ラーニング)が提唱され、ディスカッションやディベートを取り入れた対話的な授業への転換が求められるようになった。以来、大学教育において「対話」的な学びをいかに実現するかが課題となっている。
こうした大学教育における「対話」について、鬼塚哲郎・川出健一・中西勝彦編著『大学授業で対話はいかに可能か』(ナカニシヤ出版、2024年)は示唆に富んでいる。同書は、編者らが所属する京都産業大学における、低単位学生を対象とした「キャリア・Re-デザイン」という授業についての書籍である。この授業では、深い対話が実現する基盤には「相互尊重、相互承認の場」が必要であると考えられており、そのような場を立ち上げるために、自分のこれまでの歴史を振り返って言語化する「自分史を語る」などのプログラムが実践されている。私も、こうした実践に示唆を得て、担当する科目の冒頭で自己開示を促すようなワークを取り入れるようになった。
しかし、「キャリア・Re-デザイン」はキャリア形成のための科目であるのに対し、私が担当しているのは教職科目である。教職科目については、文部科学省による「教職過程コアカリキュラム」において学ぶべき対象(学修内容)が明確に定められている。学びの三位一体論を提唱した教育学者の佐藤学は、学びとは「対象との対話」「自己との対話」そして「他者との対話」によって構成されているという。「他者との対話」が盛んな授業は、一見「アクティブ」であるかのように映る。しかし、「他者との対話」を盛り上げることに注力し、「自己との対話」と「対象との対話」を軽視すれば、学びは空虚なものになってしまうだろう。三つの「対話」をいかに授業に位置づけていくかが、私の授業改善の今後の課題である。
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