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羽陽学園短期大学 : 渡邊 洋一

「学生はやさしい」


大学の授業に関して、都市伝説のように、まことしやかに囁かれる言葉があります。

「年寄りは若い教員に敵わない」というのもありますが、ここでとり上げたいのは「かなりひどい教員でも、ついていく学生はいる」というものです。授業評価が低く、検討の余地が相当あると思える授業でも、ほとんど改善されないまま何年も繰り返される授業というのがあります。授業評価に厳しい今日の情勢下にあって、なぜこんな授業・教育が存在し続けるのでしょうか?

その理由の一つは学生側の「配慮」にあるように思われます。新学期、授業や教員の評判というものにほとんど無縁という学生が現れます。今日のキャンパスでは、先輩から後輩へ、研究室仲間からのアカデミック・コミュニティを通した学生文化の伝播継承という機能はほとんど崩壊しています。かろうじてサークル活動の中に残っている場合もあるようですが、こちらは残念ながら規範からの逸脱を奨励するような安易な若者文化になってしまうことも多いようです。すると学校側の与える情報だけが授業選択の判断材料になりますが、いくら工夫をこらして面白くわかりやすい情報を提供しても、「履修に注意を要する教員」「とってはいけない授業」の情報に触れることはできません。あるいは学校の事情で選択の余地なくこのような授業を迎えてしまう学生もいるかもしれません。

こんな時、学生が授業の改善を求めて声を上げることはめったにありません(逆にいうと改善要求が示されるということは、放置できない危機的な状況を示唆するかもしれません)。多くの場合あきらめてしまうようです。あきらめるとは、最低限の成績でいいから、ともかく単位を取得するために必要な行動だけすることを指します。昔と比べると授業料は高くなったのに学生さんの権利意識は低く収まっているように見えます。あるいは、北米ですら"Have a Nice Day" 文化が演習のような授業での学生相互の批判を抑制するとは以前からいわれていましたが、「空気を読む」現代日本の学生ならなお波風が立つことを避けるでしょう。ともかく「先生を傷つけない」ことが即ち自分の単位取得のために必要な方策と考えられているように思われます。

あまりギスギスとした戦場のような教室ばかりでは教育効果にも疑問が残りますが、学生の配慮に甘えて敬して遠ざけられる「名ばかり先生」になっていないか、教員の側が自己点検を恐れていてはいけないでしょう。「今ここに居ていいのだ」という受容された感覚とともに「この授業を受けて良かった」とわくわくする高揚感を与えられる授業をすべく挑戦を続けたいと足掻いています。




   
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