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特色ある教育の開発、教育力の向上をめざして

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筑波技術大学 :坂尻 正次


筑波技術大学は、聴覚・視覚に障害を持つ人を対象とした日本国内唯一の国立大学である。聴覚障害または視覚障害を持っていることが入学要件になっている特殊な大学である。筆者は視覚障害の学生を受け入れる保健科学部の情報システム学科に所属していて、日々、視覚障害学生への情報教育に従事している。一般の大学と比べると本学の学生は少人数で、障害という特殊なニーズに対応した教育をおこなっている。

本学においてもFD・SDの活動が活発におこなわれており、FDにおいては教育の質保証やアクティブラーニングの推進等の各種の取り組みがある。授業の内容・時間等の決められた教育内容を教授するように管理することで教育の質を保証しようとする一方で、管理された教育環境に身を置くことにより決められたことだけすれば良いという指示待ち人間を『輩出』するだけの教育で終わらないように、自分の頭で考えることを教育に取り入れるアクティブラーニングを推進しようとしている。受動的に型にはまり、型を身に付けてから能動的(アクティブ)にその型を破っていく...少子高齢化が進み人口が減っている我が国においては、障害を持っていても、高齢であっても、少しでも多くの人々に持てる力を発揮してもらう...そのようにしていくことが社会全体の幸せにもつながると思う。また、それに何らかの貢献をしていくことが本学の使命であるとも考えている。特に、少子高齢化というレースでは世界のトップを独走していて、目標となるランナーの背中が存在せず進路が定まらない現状においては、障害の有無にかかわらず能動的で型破りな人材が必要とされているのではないだろうか。

能動的に物事に取り組むことのできる人材を育てるための教育の一つとして研究があると思う。世の中でまだ取り組まれていない新たな課題を設定し、それを科学的な知識・手法に基づいて実現し、その結果を既知の事実と対比させて考察するという一連のプロセスは、まさにアクティブラーニングと言えるだろう。研究の内容を理解し記述するためには「型にはまる」教育が必要であり、一方で、新たな課題を設定するためには「型を破る」ことを指向する教育・指導が必要になる。

ここである全盲の大学院生の事例を紹介したい。現在、本学科学技術研究科修士課程1年の松尾政輝君は、本学の情報システム学科から大学院に進学した。彼は学部1年次の時に既に「Shadow Rine(1)」という視覚障害者も晴眼者も障害の有無にかかわらずに遊ぶことのできる2次元アクションRPG(ロール・プレイング・ゲーム)を開発していた。紙面の都合上詳細に触れることはできないが、彼は、横方向の座標は音像の定位(音圧の左右差)で縦方向の座標は音の大きさ(音圧)で2次元平面座標を規定し、音だけで地図を作成するエディタを独力で開発していた(2)。そして、その地図を用いて2次元アクションRPGを開発していた(2)。初めて彼が開発したゲームを見て、よくここまでプログラミングをしたものだと感心して、 「ところで地図は誰に作ってもらったの?」と質問したところ、上述のように自らの手で音だけで数百枚の地図を作成したと聞いて大変驚いた。 筆者は20数年間に渡って視覚・聴覚障害支援技術の研究分野に従事しているが、非常に独創的な成果を学部1年生が成し遂げていたことに衝撃を覚えた。 全盲の視覚障害者が地図を描くことは簡単なことではなく、実用的な地図を効率よく描くというレベルの技術は確立されていなかったので、彼がその壁を独力で突破(ブレークスルー)したと言える。 彼のこの成果については、外部の研究者の目にも留まることとなり、彼に機器展示や学会誌等への寄稿の依頼等が舞い込んできた。たまたま筆者がその仲介役として関わったことがきっかけとなり、 今現在は彼の研究指導をする立場となっている。その間、彼は日本リハビリテーション工学協会が主催する福祉機器コンテスト2014の学生部門で最優秀賞を受賞(3)するなど数々の賞を頂き、また、国内外でその研究成果を発表してきた(4), (5)。筆者及び共同研究者らは、彼の独創的な成果を学術的な側面から意味づけすることを手助けしてきたに過ぎないが、芽吹いた小さな独創的な芽がここまで育ってくれて本当に良かったと思う。また、彼に触発されてか、研究に興味を持ち研究室のゼミに自発的に参加する学部1,2年生が何人か出てきた。

彼は幼少の頃からゲームが好きで、晴眼の友達といっしょにゲームをすることがあったが、いっしょに遊ぶことができるゲームは限られていて、しばしば悔しい思いをしてきたという。 それなら自分で2次元アクションRPGを作ってしまえといって彼が開発したのがShadowRineである。 そして、音だけで2次元平面の地図を作成するという独創性の高い新たな方法を提案した。 視覚障害を支援するだけでなく、そこから学術的にも認められる価値ある提案を見えないという別の『見方』からもたらしたということに彼の業績のすごさがあると思う。

このような学生が出現するのは毎年のこととはならないでの、このような取り組みを年度計画にすることは難しいが、彼に続く「芽」が芽吹くことを期待して自発的に研究に取り組む障害学生を今後も支援していきたいと思う。

なお、本学の学生は視覚障害または聴覚障害を持っているが、その他の心身の障害や疾患を考慮しなければならない学生が少なくないという現状がある。紙面の都合上詳細について述べることはできないが、この現状に対して教職員が一丸となってきめ細かい対応をすることで、障害学生が勉学可能な環境を維持している。この地道な教職員の取り組みがあって初めて型破りな学生の支援も可能となることを申し添えて本エッセイを締めくくることとする。

参考文献等

(1) http://www.mm-galabo.com/sr/index.php

(2) 松尾 政輝,坂尻 正次:"音と触覚により視覚障害者も利用可能なバリアフリーゲームの開発," 筑波技術大学テクノレポート, 21(1), pp:76-80, 2013.

(3) http://www.resja.or.jp/contest/2014/index.html

(4) 松尾 政輝, 坂尻 正次, 三浦 貴大, 大西 淳児, 小野 束:"視覚障害者のアクセシビリティに配慮したアクションRPG: 全盲者向け開発環境とゲーム本体の開発,"日本バーチャルリアリティ学会論文誌, 21(2) , pp:303-312, 2016.

(5) Matsuo M, Miura T, Sakajiri M, Onishi J, Ono T. "Audible mapper & ShadowRine: Development of map editor using only sound in accessible game for blind users, and accessible action RPG for visually impaired gamers," Computers Helping People with Special Needs, 9758:pp.537-544, 2016.


   
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