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あっとおどろく大学事務NG集
 
 

 東京造形大学  森岡 祥倫
 (FD委員会委員 デザイン学科教授)


 以前のエッセイで東北芸術工科大学の片桐隆嗣先生も書いておられたことですが、美術(芸術)大学の教育には、方法論の全幅を占めるわけではないにせよ、他のカテゴリーに属する大学とはいささか異なる教育論、教授法、ひいてはFDの実践形態があります。その特徴がもっとも端的に現れるのが「作品講評」の場。数週間から数カ月の時間をかけて制作した作品を、学生一人ひとりがクラス全員の前に提示しプレゼンする、それに担当教員がコメントを加えて学習成果を評するという授業形式です。それならばうちの大学でもやっている、とおっしゃるむきも多いでしょう。しかし、周囲の同僚教員をみると、コメントの加え方には2つのスタイルがあるようです。ひとつは、何らかの客観的な評価基準や教員自身の知識・経験則に照らして作品の意味づけを行う評定型。そして、いまひとつこそが芸術の学び舎らしい戦略なのですが、端的には、So What? 「だから何なの?」といった類いの懐疑を学生の心に掻き立てる教師の態度です。
 具体的には、「いや、ちょっと待って!今の指摘は取り消すよ」と前言撤回、「わたしも同じミスをした経験がある」と自省的回顧、「少し考えさせてくれないか」と判断を留保・・・なんとも不甲斐ない威信失墜の言を、わたしも講評では意図して吐く場合があります。そのとき、前者のスタイルとは明らかに異なる関係性がそこには生じる。つまり、評定型のコメントとは一種の報酬付与、言い換えるなら成果と評価を等価に置く酌定の身ぶりにすぎませんが、後者のそれは、自身の努力に見合うものとして学生が面前の教師の言葉に期待するいっさいの意味づけ、ないしは前提となる知識の伝授を宙づりにし、教師自身の欲望や内省に向けて学生の意識を魅惑します。だから、So What? とは一義にクレームであるとはかぎらないのです。むしろそこから真の交換がはじまる。
 実はこの屁理屈の出所にはネタ本があって、ユダヤ系フランス人の哲学者E.レヴィナスの研究者として知られる内田樹先生(神戸女学院大学名誉教授)の著作がそれです。先生は主著のひとつ『他者と死者:ラカンによるレヴィナス』(2004年)で、このように書いておられる。
 「師が師として機能するためには、実際に強記博覧である必要もないし、弟子に敬意を強要する必要もない。[前言撤回によって]「それが意味するものを取り消す」だけでよいのである。その取り消しの身ぶりによって、彼はその弟子の欲望に点火することになる」。
 先生が著作の立論部分であっけらかんと吐露なさっているように、レヴィナスや精神分析学のJ.ラカンの著作は難解です。何を言いたいのかにわかには理解しがたい。けれども、それはモデルや概念の拙速な理解を要求せずに、留保や自己否定による繰り延べの言葉の運動が、やがてその読者を著者の問題系(ユダヤとは何か、心はとは何か)の内部へ引きずりこむ、魅了するがゆえのわからなさなのでしょう。そして、この種の戸惑いこそは、芸術の、創作の営みを始動すべく入学した学生にとっても、重要な契機になるものとわたしは信じています。だから何なのさ!? 芸術家が自己と世界に対峙するときの基本姿勢であり、芸術の学びの起点にある全方位に向けた問いかけのエネルギーなのです。
 来春でわたしも還暦を迎えますが、歴任した各芸術系大学におけるFDの取り組みを振り返るかぎり、いずれも総合大学等に比べれば必ずしも意欲的に進展したとは言えません。独立自営業種的な意識が強い教員集団(芸術家やデザイナーが半数以上)の特性や資質が、個々の授業実態のピア・レヴュー的な検証や改善にそぐわないのではないか…かなり以前から半ば自嘲的に指摘されてきた理由のひとつです。だが、それはお手盛りの弁護というものです。
 では、社会が容認する一般解のみを学生は求め、あるいはその定律的な解法を教授すればよいのか。わたしはそうではないと思います。芸術の学びとは、個々の学生の内部に自身の手で措定する欲望の対象がまずあり、それを作品というかたちで他者と交換・共有可能な社会的命題に昇華させるプロセスを個別に探求する営みだとするならば、欲望の誘因となるような身ぶりを、まずもって教員自身が示すべきです。そのとき学生はみずからに問います。だから何なのさ!?

   
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