ブリヤート国立大学 Buryat State University  2015/06/16

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高橋 萩乃(たかはし・はぎの)
2015年2月からブリヤート国立大学に留学
山形大学人文学部2年(留学時)
出身:仙台市
好きなこと:音楽鑑賞、ショッピング
(右側が本人)

 

【学習報告書】 2015年2月

52月25日に日本を出国し、翌26日についにウランウデに到着した。中国の春節の影響などで、北京経由ではなくモスクワ経由でウランウデに向かうことになり、フライト時間は長かったものの、モスクワのドモジェドヴォ空港はとてもシンプルな空港で分かりやすく、出入国カードも入国審査時に係の方が機械で必要事項を印字してくれ、私はそこにサインするだけだったので、北京経由よりこちらの方が個人的には楽であった。

ウランウデの空港に到着すると、去年の8月に行われたバイカル湖サマーキャンプに参加した際に出会ったベーラさんとアリョーシャさんが迎えに来てくれていた。私はブリヤート国立大学の留学生用の寮に住むため、そのままタクシーで彼らと寮に向かった。全体的に中国人留学生が多いのだが、私の住む三階に住んでいるのは私以外は全員中国人のようで、寮は中国語で溢れている。私は中国人の留学生2人と住むことになった。彼女らはロシア語がとても上手である。この日はベーラさんたちのおかげで寮の登録や登録用紙に貼る写真の撮影、SIMカードの購入等も済ませることができた。また、スーパーの場所や携帯料金の支払機の場所や使い方も教えてもらった。

6その後、先生のところに連れていってもらい、授業の説明を受けた。授業は9時40分から始まる。「クラス分けのテストは受けなくて良いので、さっそく明日から参加するように」と言われた。夕方からはアリョーシャさんの寮の部屋に行き、サマーキャンプで出会った学生たちと再会した。別の多くの日本語学科のロシア人学生とも知り合うことができた。会話は時折、日本語も使うが、ほぼロシア語である。彼らの会話のスピードはとても早く、集中力が途切れてくるとただ聞き流すだけの状態になってしまったが、大変楽しかった。彼の部屋はいつもロシア人学生たちが集まっており、私もよく彼の部屋に呼んでもらっている。また、ルームメイトの方が中国人留学生の李さんを紹介してくれた。彼女はロシア語と英語が大変上手であり、日本のことも大好きで日本のことを良く知っている。彼女のおかげで多くの中国人留学生とも知り合うことができた。

7ロシア人学生たちの会話のスピードは相変わらず早いが、なんとか単語を聞き取り、だいたいどういった話をしているのかは掴めるようにはなった。しかし、会話に対して自分から話すことはなかなかできない。それでも彼らや李さんは、寮が中国人ばかりなのを大変心配してくれ、毎日買い物に連れていってくれたり、自分の部屋に招いてくれたりする。

授業にはまだ一度しか参加していないが、私のクラスには中国人と韓国人の留学生が10人くらいいた。この日は1コマだけで、授業内容は、意味はほぼ同じだが使い方が少し異なる熟語の使い分けの練習であった。先生の言っていることは理解できるものの、教科書の中などには分からない単語が多く、語彙力不足を痛感した。さらに筆記体にも苦戦している。

食料や日用品については、米や醤油、うどん等はスーパーで購入できるし、シャンプーや化粧品等も一部ではあるが日本製のものがある。私は料理が苦手なので、極力食堂等を利用しようと考えていた。しかし、こちらの料理は美味しいのだが甘くて重いものが多く、さっそく胃が疲れてきたので、今後は自炊することにした。そこで李さんにさまざまな店や市場に連れていってもらった。彼女は安い店や品揃えのいい店をたくさん知っており、食材だけでなく皿や鍋等も格安で購入することができた。

8気温は基本−15℃前後であるが、思っていたより暖かい。私が日本では常に薄着だったせいもあると思うが、日本の寒さの方が辛いように感じた。もう寒さのピークの時期は越しているようであった。現地の人の中にはコートを脱ぐと半袖、という人も何人かいた。それでも道路や川は凍っている。すべって危ないので、みなで腕を組んで歩いている。

最後に寮についてだが、基本3人部屋か2人部屋のようである。台所、シャワー、トイレは共用だ。Wi-Fiは寮自体にもあるようなのだが、電波が悪く、ほぼ繋がらない。でも、ルームメイトや隣の部屋の方など6人くらいで共用のWi-Fiを設置しているようで、私も使わせてもらっている。料金は一人当たり月200ルーブル程度だ。

ドモジェドヴォ空港では係の人等がなにを言っているか理解できたし、私のロシア語も通じていたので安心していたが、そう甘くはなかったなとここに来て感じている。正直、日本に帰りたいなと思ったりもするが、周りの人々のおかげで楽しいことも多いので頑張っていこうと思う。また風邪なのかアレルギーなのかよく分からないが鼻の調子が少々悪いので、体調には充分気をつけて過ごしていきたい。

*写真の説明
1.ドモジェドヴォ空港
2.ウランウデ市街
3.ウランウデの中心部で見かけた氷像。新年(旧正月)のお祝い?
4.凍結したウダ川

 

【学習報告書】 20153月 

こちらに来てからあっという間に1ヵ月が経過してしまった。今月は本当にいろいろなことがあった。

9まず授業が本格的に始まった。授業を休みがちな学生もいたので分からなかったが、クラスは全部で13人、韓国からの学生が一番多く、中国人の学生たちはみな家族もこちらに住んでおり、留学ではないようである。また、フィリピンからの学生もいる。授業は基本1日2コマあり、金曜日のみ1コマだけである。授業は1コマ90分で、1コマ目は9:40〜11:10、2コマ目は11:20〜12:50となっている。授業内容については、文法、読解、発音、会話が主である。

授業が始まってから1週間ほどは、授業についていくのが本当に大変であった。先生方は筆記体で板書するのだが、これが読みにくい。ロシア語の筆記体はそもそも似ている文字が多いのだが、それに加えてそれぞれの癖があるため、解読するのが本当に難しく、写すのに時間がかかってしまった。また、たびたび先生がおっしゃったことが聞き取れず(特にページ数)、一体何をすればいいのか分からなくなることもよくあった。同じクラスの人はみなロシア語が専攻であり、こちらで勉強して少なくとも半年は経っているので、彼らとの差を埋めるのが本当に大変であったし、不甲斐ない自分がもどかしくてたまらなかった。

1ヵ月が経った今、授業にもほぼ問題なくついていけるようになり、クラスメイトとの差もだいぶ埋まってきたように思う。日常会話についても、聞き取るのはだいぶ問題なくできるようになったし、自分から話すことも以前よりは出来るようになった。それでもまだまだ分からない単語は多いし、会話の時に格変化等があやふやになってしまうことが多いので、もっと努力しなければならない。

授業は午前中いっぱいで終わるので、午後は同じクラスの友達や日本語学科の学生たちとほぼ毎日いろいろな場所に出かけている。大学は街の中心に位置しているため、中型ショッピングセンターも含め、徒歩圏内に基本的な店等はすべて揃っている。街に出て買い物をしたり食事をしたり、映画を見たりするのは楽しいし、生のロシア語に触れる機会を増やすことができるので、土日も含めたくさん出かけている。少し遠い場所に行くにはマルシュルートゥカ(乗合タクシー)やトランバイ(路面電車)を利用する。どちらも値段は一律でマルシュルートゥカは17ルーブル(約35円)、トランバーイは14ルーブル(約30円)であり、どちらもかなりの頻度で走っている。普通のバスもあるが、まだ利用したことはない。

10食事については基本的に朝、夜は自炊し、昼は授業後、クラスメイトと外食をしている。大学の食堂であれば100ルーブル(約200円)以下で十分な食事が取れる。他にもサブウェイ等のファーストフード店やイタリアン、中華料理のファーストフード、ブリヤート料理や日本料理店もある。また寮から徒歩5分ほどの場所にスーパーがいくつかあるので大変便利である。ただ食材には限界があるので、日本からいくらか持参するか、送ってもらうのが望ましいように思う。私はフリーズドライのみそ汁やコンソメキューブ、カレールー、ふりかけ、本だし等を持参、または郵送してもらったが、大変重宝している。ちなみに郵便事情についてだが、日本からEMSで送ってもらった荷物は1週間弱で届き、部屋まで直接届けてもらえたので大変助かった。また、こちらから自宅等に絵はがきをエアメールで送ったが、値段は27ルーブル(約55円)で、到着まで2週間程度かかったようである。

11また3月9日〜12日まで、ブリヤート大学で「日本語週間」というものがあり、日本についてのクイズや、日本へ留学した学生たちによるプレゼンテーション等が行われた。私も参加させてもらい、山形大学の紹介をしたり、最終日に行われたコンサートで日本舞踊を踊らせてもらったりした。こちらで日本語を教えている慶子先生にもお会いすることができ、日本語の授業に参加させてもらったりもしている。日本語学科のみなさんと遊んだり会話したりするのは、授業以外でもロシア人と会話できる貴重な時間であり、大変勉強になる。特に教科書や辞書には載っていない普段の会話で使う表現を教えてもらったり、よく分からない表現や単語を教えてもらえたりするので、本当にありがたい。

気温は、最近は寒い日でも日中は0℃程度、暖かい日だと10℃近くまで上がるようになり、かなり暖かい。また日が長くなり、夜7時半頃まで明るい。しかし、スパイクタイヤの粉塵や埃がひどく、それに加えて乾燥もひどいので、喘息持ちで肺の弱い私は毎日どうも体調が悪い。実家から薬を送ってもらったので、これで少しは良くなることを願う。

1ヵ月経ち、こちらでの生活にもロシア語にもかなり慣れ、今のところ1人でもわりと問題なくなんでも行えている。体調に気を付けつつ、引き続き日々、努力していきたい。

*写真の説明
1.高台から見た街の中心部
2.ブリヤート料理
3.日本語学科のみなさんと

 

【学習報告書】 2015年4

今月は大変忙しい1カ月であった。4月7日に「学生の春」というコンサートが行われた。内容は学部ごとにダンスや歌、朗読、ファッションショーのようなものを1ステージにまとめて発表し、競い合うというものである。先月末、東洋学部の学生たちに、この「学生の春」で中国や日本をイメージしたダンスを踊るため、日本舞踊を教えてほしいと頼まれた。正直このコンサートがどういうものなのかよく分からなかったので軽い気持ちでOKしたのだが、これは学生たちにとって一大イベントであり、しかも私が教えるのではなく、私も一緒にダンスをし、コンサートに出演することになった。そのため、練習が休日も含め毎日5時間くらいあり、かなりハードな日々であった。そのうえ、一緒にダンスを踊る学生たちのほとんどは中国語を勉強している学生で、知り合いが一切いないし、日本語も全く通じない状態で、体力的にも精神的にも大変疲れた。結果、東洋学部は1位になったようで、4月17日に再公演が行われ、結局、1カ月ほどダンス騒動に巻き込まれることとなった。だが、日本語学科以外の学生とも仲良くなるチャンスを得ることができたし、なによりロシア語でダンスを教わり、ロシアでステージに立つという大変貴重な経験ができたので、今となっては感謝している。また、ウランウデで日本と韓国のアニメや歌、ダンス等のイベントが行われたのだが、そちらにも呼んでいただき、日本舞踊を踊らせてもらった。日本語学科の学生たちのバンドも参加し、日本の歌を披露したりしていてとても楽しかった。

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また、カバンスクというマイクロバスで2時間ほど(片道約360円)の小さな村出身の学生に、実家に招待していただいた。2泊させてもらい、大変美味しいロシアの家庭料理をごちそうになったり、バーニャ(ロシア式サウナ)に入れてもらったりして大変楽しく貴重な体験をさせてもらった。とても静かで自然豊かなところで、久しぶりにゆっくりと休むことができた。

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授業についてだが、先日やっと私のクラスは中級の国際クラスであると分かった。授業内容は変わらず読解、発音、文法、会話・聞き取りである。読解はずっとロシアの著名人に関する説明文を読んでいたが、最近はちょっとした物語を読んでいる。会話・聞き取りのテーマは買い物(食料、衣類、文具)、掃除・修理、人の外見・性格、料理、家などである。発音は似ているアルファベット(例えばЦとТ)の聞き分けが中心である。文法に関しては様々なことをしているが、例えば普通の形容詞と短語尾と副詞の使い分けなどのように、少々難しめの文法を学習している。読解、発音の授業ではほぼ毎回小テストが行われている。読解のテスト内容は、音読や文章の要約を本文を見ないでする、というものが中心で、発音の方は先生が発音する単語や文章の書き取りが中心である。日本語学科の学生たちのおかげで授業以外にもロシア語を使う機会がかなりあるので、聞き取りや会話の力はかなりついたなと感じているし、ボキャブラリーもだいぶ増えたように思う。

15また、先日、留学生全員が参加した「外国人から見たロシア」をテーマにしたちょっとした作文コンクールがあったのだが、そこでオリジナリティー賞をいただいた。とは言え、こちらに到着した時の私のロシア語力は、自分よりロシア語が下手な人はいないような状態であったので、まだまだ努力が必要である。

最近はすっかり気温が上がり日中は20℃近い気温になっている。日も長くなり、20時頃まで明るい。中国からの留学生の大半は5月の頭に帰国してしまった。期末試験は5月末に行われるものの、早く帰国する場合は期末試験を早めてもらえるそうだ。私たちの部屋のWi-Fiは隣の部屋と共同だったのだが、隣の部屋の方々がもう帰国するので、Wi-Fiの契約を更新しなかったため、今月末頃から部屋でWi-Fiが使えなくなってしまった。新しいWi-Fiの設置を頼んでいるのだが、設置業者がなかなか来ないので、未だに部屋にWi-Fiがない。さらに私の携帯も故障してしまい、現在、基本的にネット環境がない状況である。ブリヤート大学の東洋学部キャンパス内や近くのサブウェイ、ショッピングセンター内の映画館などにはフリーのWi-Fiスポットがあるので、なんとかなるものの大変不便である。

ここで生活するのもあと1カ月ほどとなった。残り数ない日々も充実した毎日を送れるように努力していきたい。

 

【学習報告書】 2015年5月

165月は大変休日が多かった。連休を利用して友人の実家があるカメンスクへ遊びに行ったり、博物館に行ったりした。

対独戦勝利の日(5月9日)には、今年は戦後70年ということもあり、かなり盛大なパレード等が行われた。私たち留学生も、ロシア民謡のカチューシャをロシア語、中国語、モンゴル語、韓国語で歌いステージで披露した。

授業については、5月の第3週目までが通常授業で、最後の週がテスト期間となった。テストは私たちのクラスでは基本的にТРКИ(TORFL、ロシア語検定)のレベル1を通常試験の代わりに受け、この検定を受けるには能力が足りないと思われる生徒は、通常試験を受けると言われた。

17クラスの3人ほどは通常試験を受け、私も含めた他の生徒は検定の方を受けた。検定の内容は文法、読解、作文、リスニング、会話の五つに分かれており、2日に渡って実施された。先生は作文が1番難しいとおっしゃっていたが、個人的には文法が一番難しかった。文法、リスニング以外は辞書(紙辞書のみ)持ち込み可であるが、会話は不可の問題もある。他の上級クラスの生徒も基本的にレベル1を受けていたが、5人程度はさらに上のレベル2を受けていた。レベル1に合格するとロシアの大学の学部入学が可能になる資格を、レベル2に合格するとロシアの大学院への入学が可能になる資格を得られるそうだ。結果は3日後には出て、私は無事合格していたので大変安心した。

担当の先生にも「とても早く上達した」と言っていただけた。先生もおっしゃっていたが、私は日本語学科の学生のおかげで、ロシア語で話す機会が授業以外にも大変多かったからであろう。他の国からの留学生はやはり数が多いため、どうしても母語で話すことが多いが、日本人はそうはならず、ロシア語を話すしかないので、ここはロシア語を学ぶには大変素晴らしい環境だと思う。

また、帰国に向けて郵便局から荷物も送った。寮のすぐそばの郵便局からも国際郵便は送れるが、平日だと大変混雑しており、1時間以上待たされることが多いので、土日に行くのが良いと思う。私は冬服やコート、ブーツなどを入れたダンボール箱を一つと本やノートを入れた小包を送った。本やノートなどはダンボールに入れて一緒に送ることはできず、また別に郵送しなければならないと言われたのだが、係の人によってはダンボールに入れて普通に送ってもいいと言う人もいるらしくよく分からない。ダンボールは列車と船を利用して日本に送られたが、2週間弱で着いた。

私の住む3階で暮らしている女性は私と私のルームメイトのみとなってしまい、彼女たちは5月末に、さらに他の寮に住む女性たちも6月の頭には全員帰国してしまうということで、少々危険なので、私も6月半ばに予定していた帰国を早め、6月5日に出国し、モスクワ経由で6月6日に日本に着く飛行機で帰ることに決めた。

18留学生活を振り返ってみると、本当に時が流れるのは早いな、という一言に尽きる。それでも会話、リスニング力はかなりついたなと実感している。留学前からそういった力を強化したいと思っていたし、留学中もそれらに重点を置いていたので良かった。帰国後は作文力や翻訳力などにもう少し力を入れていきたいと思う。さらに勉強面だけでなく生活面でも日本では決して体験できないことを数多く体験することができ、本当に良かったと思う。

留学前、そして留学中もサポートしてくれた先生や事務の方々、両親、そして現地で知り合ったみなさん、ありがとうございました。
Спасибо большое!! (完)

*5月9日は、第2次世界大戦でソ連を含む連合国側がドイツとの戦争に勝利した記念日。


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投稿日:2016/02/17    更新日:2015/06/16