山大マーク 学長室だより
 告 辞(平成18年4月7日入学式)

 おはようございます。

 この度山形大学に入学した2,483名の学生諸君、入学おめでとう。私は山形大学学長の仙道富士郎といいます。山形大学を代表して諸君の入学を心から歓迎いたします。

 また御参列の保護者の皆様、お子様の入学おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。

 さて、今日から新しい大学生生活が始まることになりますが、高校生生活とはずいぶん違って、色々ととまどうことも多いだろうと思います。最も大きな違いは、履修科目の選択などで、高校のときとは全く違う大きな裁量権、つまり自由が諸君に与えられることです。しかし、自由は責任が伴ってはじめて真の自由と言えるわけで、しっかりと自己責任を果たさなければ、いつの間にか「あれ、こんなはずではなかったぞ」といったことになりかねませんから注意してください。

 白状しますと、私はあまり真面目な大学生ではありませんでした。そのことに対する自分の反省も含めて、快適で有意義な大学生生活を送るための入学時の注意事項などについて、私が書いた文章が、4月10日のオリエンテーションのときに諸君に渡される「学園だより」の中にありますから、是非読んでください。

 さて、これから私がお話しする内容は、大学生生活を上手に送る「know how」に関するものではなく、諸君に「頭の体操」をしてもらうための話です。

 今日、入口の受付で渡された紙の一枚目の表を見てください。頭のところに何やら物々しいものを乗せたネズミの写真がありますが、このネズミが、第一の話の主人公です。タイトルにRoboratsとありますが、これはrobotとratを結びつけた造語です。ロボットは人のかわりに色々なことをする機械のことで諸君も十分承知していると思います。ラットは大型のネズミのことをいいます。つまりロボットの働きをするネズミの話です。眼の近くに丸いふたのようなものがあり、そこに線がついているのが見えると思います。この線は脳の一定の部位を刺激する電極につながっています。その上にあるのは小型のテレビカメラです。その他の部分はテレビ画像を無線送信する装置と、電極への電気的な刺激を遠くから無線で受ける装置から構成されています。

 通常では、ラットはひげが障害物に接触すれば、その方向は避けて反対の方向に進みます。さて、この研究では、電極は左右のひげからの接触感覚を脳の中枢に伝える、脳の2つの分野に埋め込まれてあります。いま右側の脳の分野を電極を介して電気的に刺激すると、脳神経は交叉していますので、ネズミはあたかもひげが左側にある何かに触れたように感じて、それを避ける右方向に向きを変えます。また、3番目の電極は脳の快楽中枢に埋め込まれ、ここを刺激するとラットは気持ちよくなります。

 研究者は500米も離れたところから、ラットの小型テレビの画像を見ながら、左右どちからのひげの接触感覚を受ける脳の分野に電気刺激を加えると、ラットの脳は反対側のひげが接触したと同様の刺激を受け、研究者の思い通りの方向へラットを進ませることができます。そして、ラットが研究者の意図した方向に進んだときには、快楽中枢を刺激します。通常の動物の実験では、うまくできたら餌を与えることなどによって快楽中枢が刺激され、学習効果が起こるのですが、この研究の場合は直接に快楽中枢が刺激され、学習効果が現れるということになります。

 このようにしてトレーニングを受けたRoboratsは、タイトルにあるようにセントバーナード犬が入っていけないような災害現場にも潜入することができ、レスキュー隊の人がラットについているテレビカメラを遠くから見ながらラットの進む方向をコントロールでき、災害救助などに役に立つというものです。

 私は医学部出身で、この話を読んだとき、脳科学もここまできたかという驚きを覚えましたが、一方では、人間がラットの脳の働きを自由自在に動かすということで、ラットの脳を乗っ取ってしまうことになるのではないかという倫理的な問題、さらには、悪い人間が出てきて、他人の脳の快楽中枢を刺激して、刺激された人は、自分では意図しなかった行為を喜んでするようになったらどうしようという恐れなど色々な想いが浮かび上がりました。諸君は今の話を聞いてどう思いますか?

 さて、次は宇宙の話です。山形大学理学部に柴田晋平教授という世界的な宇宙物理学者がいますが、この人は自分が研究をするだけでなく、社会の人々に宇宙のことを知ってもらうための色々な活動をしております。一ヶ月程前のことですが、私の属しているロータリークラブで柴田先生に話をしてもらいました。

 たった30分の講演でしたが、柴田先生は私がこれまで知らなかった宇宙のことをたくさん教えてくれました。その一つに宇宙を構成する物質に関することがありました。間違ったことを諸君に伝えると困りますので、柴田先生にメールで原稿を書いてもらいました。1枚目の紙の裏を見てください。読んでみます。

『わたしたちが毎日見ている物質、そして、わたしたちのからだ自身もなのですが、これらは原子からできています。そしてこの原子を全て排除できたとしたら、そこに残るのは空虚な空間「真空」でしょう。

 ところが、天文学者はこの考えが間違っていることを発見しました。宇宙の物質のうち原子に代表される通常の物質はわずか15%にしかすぎず、残りの85%の物質はそれ以外の何者か、正体不明のものだったのです。これをダークマターと呼んでいます。宇宙は現在膨張しつづけています。この力を支配するのはダークマターのさらに3倍以上のエネルギーをもつダークエネルギーとよばれる何者かであることも突き止められています。地上の実験ではけっして気がつくことがない事実を宇宙は教えてくれます。』

 私は、原子をその構成単位とする物質だけで宇宙は成り立っているものばかりと思っていましたが、いわゆる通常の物質は15%ぐらいで、その他は正体不明のダークマターと呼ばれるものであるという話は、私にとっては何か大変なショッキングな話でした。私達は何でも分かっているような気持ちで、それを基にして物事を考えていますが、私達の理解を超えることはまだまだたくさんあるということが、この話から分かると思います。諸君は今の話を聞いてどう思いますか。

 この二つの話から私が言いたいことの一つは、科学の発達で思いもよらなかったことが判明したりする一方では、宇宙のことなどは実はまだ分からないことが多いといったように、科学の世界の進み方にはバラエティがあり、多様性に富んでいるということです。今日は自然科学のことについて話しましたが、世界の進み方は、自然科学以外の分野、例えば経済、文化などの分野においても一様ではなく、大きな多様性があるということを頭の中に入れて物を考えた方がいいと思います。

 これまでは、大学に合格しなければならないということで、あれやこれや物を考える余裕もなかったかもしれませんが、これからは「物事には多様性がある」ということを一つの視点として、広範な視野に立って柔軟に物事を考えるようにしてほしいと思います。柔軟に物事を考えることができるようになるということは、ある意味では、諸君が大学在学中に会得しなければならない最大の目標の一つかもしれません。多様性といえば、あなた達の卒業後の進路だって色々と多様性があると思います。

 今日この後の講演会では、映像を使った桑山さんという方のライブを聞いてもらいますが、彼は、山形大学医学部を卒業した精神科の医師です。彼のライフワークの一つは発展途上国に出かけていって医療関係のお手伝いをすること、いわゆる国際医療協力です。医師としてはめずらしい仕事ですが、立派に自分の道を歩んでいると思います。

 この辺でそろそろ私の話を終わりにしますが、最後に諸君にお願いとアナウンスをいたします。今日渡した2枚目の紙を見てください。「私の抱負」とありますが、大学に入学したいま、あなたが考えていることについてA4の紙にまとめてみてください。そして正門を入って左側の所にあるインフォメーションセンターあるいは指定された所に期限までに提出してください。私と理事の方々で手分けして感想を書いて諸君のところに返しますので、これからの生活の参考にしてください。また、その紙を保存しておいて卒業の時にもう一度読み直してみてください。在学中にどのようにあなたの考え方が変わっていったかを知ることができると思います。

 もう一つはアナウンスです。大学は教育・研究を行うだけではなく地域との関わり合いも大切な仕事です。山形大学はそうした地域との連携の一つとして、県内の4つの地域の中で高等教育機関のない最上地域において、地域全体を山形大学のキャンパスと見たてる「エリアキャンパスもがみ」を昨年から始めました。今年は学生諸君にもこの「エリアキャンパスもがみ」に参加してもらおうということで、最上地域の地元の人達の指導で、最上の自然と人について学ぶフィールドワーク「共生の森もがみ」を開催することにいたしました。入学オリエンテーションの日に諸君に渡される小さいハンドブックの中にその内容が書かれてありますから、読んでみてください。そして興味のある人は、是非この大学の新しい試みに参加してください。

 国立大学は、二年前に法人化され、ずいぶん色々なことが変わりました。各大学の裁量権が大きくなり、その分大学間の競争も激しくなってきました。私達山形大学の教職員は「輝ける山形大学」の未来に向かって努力して行きますので、すばらしい山形大学を築くため新入生諸君も私達と一緒になって頑張りましょう。

 諸君の有意義な学生生活の展開を祈って、学長としての入学のお祝いの挨拶といたします。