山大マーク 学長室だより
 告 辞(平成19年3月 学位授与式)

 暖冬のせいで春の訪れが早いだろうと思っていましたが、この一、二週間の寒さで春も足踏みしている感じですが、今日の日にこの山形大学の学舎を飛び立とうとしている、学士の学位を取得した1759名の諸君、修士の学位を取得した439名の諸君、そして博士の学位を取得した51名の諸君、養護教諭特別別科の40名の学生諸君卒業おめでとう。心からの祝福の拍手を贈ります。また、保護者の皆様、ご子息のご卒業誠におめでとうございます。どんなにかこの日をお待ちだったことでございましょう。お子さまを無事社会に送り出すに至った長い年月のことを考えますと、お喜びもいかばかりかと拝察申し上げる次第でございます。

 さて、いま社会に飛び立って行こうとしている卒業生諸君に、学長としてはなむけの話をしてみたいと思います。

 項目を三つに絞って話をいたします。第一には「時代を読み解く力を養え」、第二としては「百折不撓の精神で挑め」、そして第三としては、「君たちの力で新しい世界を作り上げてほしい」ということであります。

 第一の「時代を読み解く力を養え」という話から入っていきます。

 世界がグローバル化されたという話は諸君もよく耳にすることだと思います。世界が一つになるということを意味しています。国際化という言葉もよく使われますが、これはグローバル化とは少し違います。国際化は、国と国との垣根はきちっと存在していて、その上で国と国の関係が緊密になっていくということですが、グローバル化は、この国同士の垣根が低くなったり、あるいは場合によってはそれが無くなったりして、世界が一つの塊として動くようになるということです。

 どうしてこのようなことになったかと言いますと、大きな理由が二つあると思います。一つは諸君も容易に想像できると思いますが、ITの発達です。ITによって瞬時に情報は世界を駆けめぐるようになりました。もう一つは、一九八九年にベルリンの壁が壊され、いわゆる社会主義体制は崩壊し、それに呼応する形でアメリカが経済、軍事など重要な社会機構のほとんど全てにおいて、世界の覇権を握ったことであります。いわゆるアメリカの一人勝ちの状況になり、アメリカの論理で色々なことが進められるようになったということです。

 さて、諸君が社会に出て働くようになったときに、このglobalizationが諸君の生活にどのような影響を及ぼすのかということについて考えてみたいと思います。第一に言えることは、社会の動きのスピードが従来と比較して非常に早くなるということです。昨年大きな話題になった「ライブドア」や「村上ファンド」などの話は、その少しまえにアメリカの「エンロン」などで起こったことのコピーであり、いま盛んに問題にされているM&Aなども、いわばアメリカから伝染してきたものであるわけです。ごく最近の話としては、さる有数の証券会社が、不正経理が原因で、あっという間にアメリカの会社に吸収されそうになったりしています。

 ですから、例えば、諸君のこれから就職する会社も一年後にはどうなっているか分からないと思います。少なくとも、就職した会社で生涯を過ごすといったことは、むしろ希なことになってしまうかもしれません。先日も驚いたのですが、諸君の山形大学の先輩の五十人近い人たちが、ある技術系の派遣会社に就職していることが分かりました。一般的な派遣会社とは違い、企業で新しいプロジェクトを立ち上げるときに、特殊な技術を持った人を一定期間派遣会社から雇用するという形ですが、学長として恥ずかしい話ですが、こんなに多くの卒業生がこのようなタイプの会社に就職していることにとても驚きました。

 さて、このような動きの早い社会で生きていくために、最も要求されることはなにだと思いますか。それは、常に自分の判断で自分の進んでいく道をしっかりと決めることだと思います。就職した会社の上司をfollowしていけば、全て世は事も無しという時代は終わったのです。

 それでは、どのような判断をして、どのように進んでいく道を決めたらいいのでしょうか。その基本的な条件として私がここに挙げるのは、さきほど申した「時代を読み解く力を養え」という薦めです。「時代を読み解く」ということは、具体的には世界や我が国の現状はどのような状況で、今どのような方向に向かって動こうとしているのかを読み解くということです。どのようにしてその力を自分の中に育てていくかは、個々人によってその方法論は違うと思いますが、パソコンからの情報だけでは駄目で、やはり紙媒体も大事にしなければならないと思います。レベルの低い話で恐縮ですが、自宅で新聞に目を通す位のことは是非やってもらいたいと思います。

 日々時代を読み解く努力を続けていくとしても、物事がそんなにいつも順調に進んでいくはずがありません。そんなときに大事なこととして二番目に挙げた「百折不撓の精神で挑め」ということを話したいと思います。

 百折とは百という字に折るという字を続けたものです。不撓とは不撓不屈の不撓です。つまり、「百回挫折を繰り返しても、決してねじくれたり、たゆんだりしてはいけない」という薦めです。

 すこし私の経験を話してみます。私は四十年以上まえに、がん細胞を免疫学的に特異的に殺すリンパ球(これを専門的な言葉で特異的キラーT細胞と呼びますが)このキラーT細胞の研究をするためにアメリカに留学したのですが、どうしても研究が上手くいきませんでした。朝早くから夜遅くまで実験をして、実験ノートを重ねると五十cmぐらいの厚さになりましたが、目的とした研究結果は得られませんでした。ある時、実験にも疲れ果ててしまい、ぼんやりとノートを眺めていますと、目的としていたこととは全く関係ない話なのですが、正常のリンパ球ががん細胞を殺すことに気付きました。このことを専門の雑誌に報告したところ、まったく同じ時に、スウェーデンとアメリカの学者も同様の結果を報告したことが分かりました。これが現在ではがんに対する防御機構で大事な役割をしていることが知られている、いわゆるnaturalkiller細胞略してNK細胞の始まりであります。あの時の私の狂気のような粘りがNK細胞の発見に繋がったのだと今でも思っています。諸君も必ず困難に出会うと思います。そのとき簡単にあきらめないでください。さきほど申し上げた百折不撓の精神で臨めば、必ず道は開かれると思います。

 最後に「君たちの力で新しい世界を作り上げてほしい」という話をいたします。これは諸君に対するお願いでもあります。

 最近、我が国において学校でのいじめなど教育問題がクローズアップされていることは諸君もよく知っていることと思います。マスコミなどでは、批判の対象は学校の教師に集中している嫌いがあるようですが、私は、これは間違っていると思っています。私はかねがね「子供の問題はこれ親の問題である」と申し上げてまいりました。このことは、戦後六十年の我が国の歴史において、経済は世界第二位になるまで発展したけれども、人々のモラルが段々と低下してきて、親の子供を育てる規範が失われ始めてきたことが、問題の根本的な原因であるということを意味しております。

 昨年五月に行われた読売新聞社の人間関係についての世論調査の結果を見てみると、最近社会全体を見て、人付き合いや人間関係が希薄になりつつあると思う人が八十%もおり、その結果として、社会のモラルが低下した、自己中心的な人が増えた、地域の繋がりが薄れた等と考えている人たちがたくさんおります。

 つまり、最近我が国においては、モラルの低下が起こっているということを多くの国民が認めているとこの世論調査は示しておりまして、戦後の社会を作る中心的な役割を果たしてきた、正に私たちの世代がその責めを負わなければならないと思うのです。このような状況から早く我が国を回復させ、皆の心が豊かな社会の創

造に向かって歩みを進めていくためには、勿論私たちの世代も頑張らなければならないことは当然ですが、将来的なことを考えると、なんといっても諸君たち若者の力が中心になって行くだろうと思います。

 山形大学は、大学の理念として「自然と人間の共生」を掲げて、その理念の実質化に向かって歩を進めております。この「自然と人間の共生」の理念は、競争原理を克服して、一歩下がって自然との調和の上に社会を築いていこうとするもので、正に二十一世紀の新しい社会の一つの理想を表しているものだと思います。

 卒業生諸君は、このような山形大学に学んだことに誇りを持って、諸君たちの力で輝かしい世界を作り上げていってくれることを、強く期待する次第であります。

 最後に、卒業生諸君の前途に幸多かれと祈ってお祝いの言葉といたします。