ホーム > 南極通信|2012年3月10日(土)
南極通信
2012年3月10日(土)

早いもので、昭和基地に上陸してから2ヶ月が経過してしまいました。「筆まめ」を自称しておりました身として、長らく情報提供が途絶してしまったこと、深くお詫び申し上げます。事後は週1回の更新を目指し、日々精進したいと思います。
さて、前回は年の瀬の南極観測船「しらせ」の様子をご紹介させて頂きましたが、今回から数回程度、激動の夏作業期間についてご紹介したいと思います。緊張と不安、そして疲労…あっという間に駆け抜けた約2ヶ月間でした。
まず、夏作業期間についてです。厳しい自然環境下にある南極ですが、昭和基地も例外ではありません。南半球の夏(日本では冬)の期間だけが、昭和基地周辺の海氷が緩み、船での接近が可能となります。そして、建物の建設・大規模修繕、観測機器の新規設置など、新たな観測のためのインフラを整備が、この時期に集中して行われます。概ね12月後半から翌年2月上旬がその時期にあたり、昭和基地を始めとする南極の基地が一番賑わう時期となります。
今回の南極観測隊(第53次隊)は、大部分の隊員が12月23日〜24日に昭和基地入りしました。私は越冬庶務という役割ですが、物資輸送についても担当しており、「しらせ」側との連絡・調整も仰せつかっておりましたため、昭和基地入りは年が明けた1月6日となりました。
昭和基地入りして初めにお手伝いした設営作業は「生コン」でした。その名のとおり、コンクリートで、砂利とセメントを人力で機械に投入し、練って、ダンプで現場へ搬出する作業です。箸とコピー用紙以上重いものを持たない生活をしておりました筆者としては、重いスコップでの砂利運び、一斗缶入りセメント投入は過酷であり、日々の怠惰な生活を戒められた思いでありました。
南極では、日本国内での職種・職位(大学教員、事務職員、医者、大工、通信士、調理師、学生等)が全く関係なく、対等な立場で同じ生活、作業に従事することとなります。国内ではまず接点のない立場の方との共同作業・共同生活を行うことで、本当に観測隊の一員となったのだなと自覚することができました。
