アルツハイマー病は、アミロイドβ(以下Aβ)蛋白質が脳細胞表面に凝集・蓄積することを特徴とする認知症の一種です。Aβは単分子の状態から、オリゴマー、アミロイド線維を経て、アミロイド斑へと成長します。この一連の凝集過程は、脳内の間質液と呼ばれる体液の循環下で進行することが知られており、人間に備わった老廃物除去機能により凝集は抑制されます。一方で、近年の研究により、間質液の循環下においてAβの凝集が促進される可能性があることも示唆されました。従って、Aβの凝集機構を解明するためには、脳内を考慮したAβの供給・排斥を伴う開放系における実験的検証が必要不可欠となりますが、従来の研究はシャーレ等によるAβの供給・排斥を無視した閉鎖系において実験が行われてきました。

そのような背景を踏まえ、本研究では脳内を模倣した開放実験系を構築し、細胞を模倣した脂質膜上におけるAβの凝集機構の解明を目的としました。具体的な研究戦略として、Aβおよび脂質を蛍光標識し、単量体からオリゴマーまでの微視的な凝集過程とアミロイド線維からアミロイド斑までの巨視的凝集過程を蛍光顕微鏡により観察しました。その結果、微視的・巨視的観察双方において、Aβの供給・排斥がAβの凝集を促進していることが明らかとなり、巨視的観察では脂質膜の破壊も確認されました。微視的観察においてはAβの会合数を特定し、分子レベルの凝集過程の追跡に成功しました。さらに反応速度式解析と比較したところ、開放系によるAβ濃度の維持により凝集が促進され、実験結果と一致しました。

以上のことから、脳内を模倣したAβの供給・排斥がAβの凝集を促進することが示唆され、開放系を考慮してアルツハイマー病の発症機構を検証する重要性を明確化しました。今後さらにAβ凝集に対する開放系の分子科学的寄与を明らかにすることで、アルツハイマー病の解明ならびに創薬の架け橋になることが期待されます。