筆者はいわゆる「美大」で法学、日本国憲法など教養系講義科目を担当しています。「美大」ですが、東京造形大学はデザイン学科が中心で、美術学科(絵画、彫刻)のほうが小規模です。
「学力低下」では、いずこも同じ悩みを抱えていますが、他方で、学生は私たち教員の知らないことをずいぶんと沢山知っています。古典的教養に関してはまったく知識がなくても、インターネットの世界には驚くほど詳しい学生がいることは言うまでもありません。
一方で、古典的教養を僅かでも身につけてもらうよう努力するとともに、学生の関心の強い「現代的教養」の知識や才能を発揮できるように環境を整えることも課題となっています。
その両方をいかにしてうまく繋げるのか、いつも苦労します。なかなかうまくはいきませんが、個別の成果を一つだけご紹介させていただきます。
今や学生の圧倒的多数がパウル・クレーを知りません。スイス生まれのドイツ人画家クレーは、詩人の谷川俊太郎さんの著作で一般に親しまれています。一部の学生は猛烈なファンですが、多くの学生にとっては「教科書の中の画家」は「おもしろくない」のです。
そこで特別講座(半期)でパウル・クレーを取り上げてみました。内外の専門家(美術史家、画家など)にお話しいただくと同時に、インターネットでクレーに関する情報を集めてもらいました。そして「現場」「現物」に触れる機会を設けようと3つの試みをしました。
1つは、クレーが生まれ育ったベルンという町の路地案内です。クレーが住んだ家、通ったギムナジウム、バイオリン演奏をした場所、クレーが描いた大聖堂、クレーのお墓などの写真を見せるとともに、地図を広げてベルン徒歩周遊気分です。
2つ目は、クレー作品の塗り絵です。クレーの絵画作品を脱色し、白黒印刷をして、学生に自分なりの色を塗ってもらいます。出来上がった後で、クレー作品と見比べて、意見交換をしました。
3つ目は、クレーが息子のためにつくった指人形が保存され、パウル・クレー・センターに展示されています。その指人形をつくるための「粘土キット」が販売されているので、2種類購入してきました。学生に、粘土をこねて、布を裁断し、顔を描いて、クレーの指人形を作ってもらいました。
こうした作業を通じて、クレー・ファンの学生だけでなく、あまり関心のなかった学生にも積極的に授業に取り組んでもらいました。
もっとも、私の専門である法学や日本国憲法に関してはこうした方法は簡単にはできません。何かいい素材はないかといつも物色しています。
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