ショートショートで有名な作家星新一に、『祖父・小金井良精の記』という長編の作品があります。星新一の母方の祖父である小金井良精の伝記です。
小金井良精は幕末に生まれ、東京大学医学部を主席で卒業し、ドイツ留学後日本人としてはじめて解剖学を講じました。アイヌ民族の形質に関する研究は世界的に有名で、「アイヌといえば小金井、小金井といえばアイヌ」と言われたそうです。学生や同僚からも誠実な学者として慕われ、母校には銅像が建てられ、没後には生誕100年の記念式典が執り行なわれました。FDの模範とすべきすぐれた教育者だったと言えるかもしれません。
その小金井は、研究に必要な人骨を手に入れるため、1888年と1889年の夏、北海道を旅行しました。各地でアイヌの墓を掘り、無断で数多くの遺骨を持ち出したのです。日本の解剖学の父といわれた大学者は、アイヌ民族から見れば祖先の墓を荒らす犯罪者でした。彼が持ち出した160以上の遺骨は土に戻されることなく、いまも大学のどこかに放置されています。
小金井がジキルとハイドのような二面的性格の持ち主だったわけではありません。むしろ彼は実直な研究者でした。だからこそ熱心に墓を掘ったのです。二面性があるとすれば、それは背後にあった学術研究や教育制度でしょう。それらは近代国家に「発展(development)」をもたらしたいっぽうで、世界各地の先住民族の生活と生存を窮地に陥れてきました。しかし、この事態に人びとが気づくようになったのは、ごく最近のことです。すぐれた研究者・教育者であっても、自分たち世界の外側で起こっていることの意味をきちんと受け止めてこなかったのです。
教育によってなにがもたらされるのか、あるいは、なにをもたらすべきなのか、そもそも教育はだれのためなのか。建て前だけでなく、事態の向こう側まで見通す努力が、FD活動にも大切に思われます。