小生は、1981年から工学部の電気電子系の学科に所属していますが、ひょんなことから来年度にキャリア教育科目を担当することになり、ライフキャリアに関する授業準備のため、この世界では有名な"レビンソンの成人発達段階モデル"を参照枠として、自分自身の33年間の大学教員としてのキャリアを振り返ってみました。
この成人発達段階モデルは、1960年代の終わりから1970年代の初めの期間にかけて、アメリカのエール大学医学部において精神衛生学や社会心理学を専門とするダニエル・レビンソン教授を中心とした研究グループが、数十人の様々な職業の成人に個人の歩みや各年代における悩みを、長い時間をかけて聴き取り調査し、大人の精神と生活構造が青年期から老年期までの期間に職業や学歴によらず、ほぼ同じような段階を踏んで発達することを明らかにし、その様子を成人の発達段階としてモデル化したものです。このモデルでは、成人の発達段階が、40歳までの成人前期、60歳までの中年期、60歳以降の老年期に大きく分けられ、成人前期と中年期の間、中年期と老年期の間にはそれぞれ、5年間の過渡期があるとされています。過渡期とは、現在の安定した状態から新しい別の安定な状態へと移行する期間のことで、この間に各人の精神と生活構造が大きく変わるとされています。
とくに、大学教員としてのキャリアに重要な意味をもつのは、40歳から45歳までの期間とされている"人生半ばの過渡期"でしょう。レビンソンによれば、この過渡期では、「それまでの生活構造に再び疑問を抱くようになる。『これまでの人生で自分は何をしてきたのか。自分のために、他人のために本当に欲しているものは何か』を問い直す。自己の内面の戦いのときであり、外の世界との戦いのときでもある。多くの者にとって、中年の危機のときとなる」とされています。自分自身の教員としてのキャリアを振り返ってみても、 "人生半ばの過渡期"は、心身ともに不調に陥ったこともあり、実に多くの危機に遭遇し、大いに惑った時期でした。この過渡期以前は、多くの理工系の若手教員に共通することであると思いますが、研究のことで常に頭が一杯で、それ以外のことをすべて切り捨てるという生活をしていました。しかし、この過渡期に悪戦苦闘し、またその後に経験を積むことで、60歳の現在までは、研究、教育、大学行政にバランスよく取り組むことで深い満足を得ることができるようになりました。これは、小生の事例ですが、多くのベテランの大学教員も同じような経験をされているのではないでしょうか。
FDの究極の目標が、教員一人ひとりの意識と行動の改革であるとすれば、変われる時期を迎えてない方にFDを無理強いしても、逆効果であるような気がします。変われる時期である"人生半ばの過渡期"は、多くの大学教員が准教授から教授へと昇進する時期に相当していますので、企業などで普通に行われている"昇進研修"といった形式で、FD研修を行うのも効果的かも知れません。これまで、キャリアマネジメントという観点からFDを意味付けることを強くは意識してきませんでしたが、キャリア教育科目の準備をする過程で、これは大切な視点であると気付かされました。
参考文献 ダニエル・レビンソン（著），南 博（訳），「ライフサイクルの心理学（上），（下）」，講談社学術文庫，1026～1027，講談社，1972年．
|
|
