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 東京造形大学  長井 健太郎
 



私は東京造形大学、グラフィックデザイン専攻領域の教員です。グラフィックデザインを大学で教える、まさに美術大学特有の教育ですが、グラフィックデザインの解釈はデジタル技術の拡大により多様化しています。

そのなかで、グラフィックデザインにおける役割も、アートディレクター、クリエイティブディレクターという言葉が世の中に浸透してき始めているように、知識、技術、方法論はもちろんですが、それ以上に発想力、アイデアを作る柔軟な思考を身につけることが必要になっています。

「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせである。」と、アメリカの広告マン、ジェームス・W・ヤング氏が著書に書いていますが(注1)、フランスの数学者、アンリ・ポアンカレも同様のことを、発見(識別・選択)という言葉とともに著書『科学と方法』で述べています(注2)。また、作家の星新一氏も日々のトレーニングとして、いくつもの普通の文章を分解し、単語を入れ替え、組み合せ、そこで出来た奇妙な文章から着想を得る、ということをしていたようです(注3)。分野を問わず、アイデアを出す発想の過程というのは似ているのかもしれません。

マイクロソフトのビル・ゲイツ氏やアップルのスティーブ・ジョブズ氏は若くして起業し、革新的なアイデアによって世の中を一変させました。アメリカでは起業家を目指すという考え方が定着し、大学ではそのような授業も展開されているようです。私がビジュアルコミュニケーションBという2年次の授業で行っている課題の一つは、スタンフォード大学の起業家育成コースで教鞭をとるティナ・シーリグ氏の授業に感銘を受け、取り入れたものです。テレビで偶然見たのがきっかけでしたが、氏の授業は「革新的なアイデア」を考えるための方法を、さまざまな形のワークショップで展開しています。

その一つに最悪から最高を考えるというものがあります。例えば、「最高の旅行プランを考える」というテーマでブレインストーミングを行い、キーワードを組み合せプランを立案し、タイトルをつけてまとめます。その後「最悪の旅行プランを考える」という逆のテーマでブレインストーミングを行い、同様にタイトルをつけ、まとめます。それらをグループごとにプレゼンテーションしますが、ここで驚くのが最高のプランは破って捨てさせるということ。最高のプランというのは常識の範疇で、アイデアとしては凡庸だ、ということを身をもって体感させるのです。そして、他のチームから与えられた最悪のプランを、実現可能な最高のプランに変え再提案させると、思いもよらない新しい発想の提案が出てくるのです。

私の授業では、この流れでブレインストーミングを行い、最終的に広告ポスターとして提案させます。例えば「友達と絶対に話してはいけない(周りはそれを知らない)、100km徒歩の旅」という最悪のプランを与えられたチームはどのように最高のプランにするか。このチームは「友達と絶対に話してはいけない」を「そもそも言葉が通じなくて話せない」→「外国人」という存在へ、また、「100km徒歩の旅」を「東海道五十三次を巡る旅」に置き換えました。そして、日本人と外国人がペアとなり、お互いに最初は絵を通してコミュニケーションし、仲良くなり、京都に着くまでには言語も修得する、また外国人は観光地だけでなく、普段の日本を歩きながら日本という国を理解する、という企画に変貌させました。彼らは解決策として、言葉を別の言い方や意味に置き換える、という方法に気づいたのです。このチームは最終的に、広告主を文房具メーカーにし、絵の上達、言語の習得、国際交流による相互理解というコンセプトで旅行企画を立ち上げ、日本人と外国人に向けた参加者募集広告のポスターを制作しました。

本来の仕事であれば、広告主がキャンペーンの企画をし、グラフィックデザイナーは与えられた企画をもとにビジュアルの提案だけをするのが普通のやり方ですが、この課題では新しい企画のアイデアを出した上でビジュアルにしていくことを体験させています。既存の概念に縛られない新しいアイデアで企画立案をする能力は、冒頭に述べたように、グラフィックデザインの役割が多様化されている現在において、必要とされる能力の一つであると思っているからです。

今回挙げた例は、ティナ・シーリグ氏が行っている授業内容に、広告ポスターの制作という課題を組み合わせた形と言えます。起業家育成とグラフィックデザインは一見つながりにくい分野ですが、アイデアを出すという部分で共通している。異なる分野でもその教育手法を学び、到達目標における共通点があれば取り入れ、また組み合わせることで、時代に合わせた新しい授業を行うことが出来るのではないか、と私は考えています。

注1 『アイデアのつくり方』ジェームス・W・ヤング著 今井繁雄訳 阪急コミュニケーションズ より 注2 『科学と方法』アンリ・ポアンカレ著 吉田洋一訳 岩波書店 注3 『星 新一 1001話をつくった人』最相葉月著 新潮社 より


広告ポスターとしては、ビジュアルの見せ方、内容の伝え方の部分で改善の余地がある。
写真A 広告ポスターとしては、ビジュアルの見せ方、内容の伝え方の部分で改善の余地がある。
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写真B 与えられたテーマ「極悪独裁者と行く、無限地獄ツアー」

「極悪な独裁者」を「極悪な風貌」→「KISSというバンド」→「熱烈なファンにはたまらない存在」へ、また、「無限地獄(絶え間なく続く痛み)」を「好きな人と絶え間なく一緒に行動できる」、というように良い方向に変えていき、「ツアー」という言葉を、一般的な旅行という意味からミュージシャンが世界を巡る公演、「ワールドツアー」に置き換えた。広告主をテレビ局にし、ドキュメンタリー番組の企画としてKISSのワールドツアーに1年間参加する、新メンバー兼レポーターの募集広告にしている。

左下は鏡面になっていてポスターを見た人が映りこむ仕組みになっている。


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写真C 与えられたテーマ「かゆい、金ない、帰れないツアー」。
 

「かゆい」を「青春時代を思い出し、むずがゆい気持ち」へ、「金ない」を「お金に換えられない大切な記憶」へ、「帰れない」を「もう帰ること(戻ること)はできない」と、青春時代を連想させる言葉に置き換えた。広告主をウイスキーブランドにし、「青春時代を思い出す旅」というコンセプトで、当選者が思い出の場所を選んで計画する、年配の方をターゲットにしたプレゼント旅行企画の広告にしている。  

ポスターとしての訴求力、写真の構図や全体のレイアウトは改善の余地がある。

 

 

 

   
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