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桜の聖母短期大学 生活科学科 食物栄養専攻 教授 : 渡部 誠

「ニンジンには『栄養』はない!?」


2016年8月に91歳で逝去された、私の師、細谷憲政東大名誉教授による、栄養学の講義の第一声を、40年を経た今でもはっきりと覚えている。 この言葉は、「食品に含まれているのは「栄養素(nutrient)」であって、それをヒトがどのように摂取し、消化吸収し、体に役立てていくかが「栄養(nutrition)」である、栄養素と栄養の概念を混同してはならない!」という戒めである。

桜の聖母短期大学において、栄養士の卵たちに栄養学を教える立場になってみると、今更ながらその言葉の含蓄の深さに驚くのだが、それよりももっと驚かされることがある。 それは、「細谷師の講義の思い出」を同窓の方々と語り合うときに、十数年前に卒業された大先輩からも、ずっと若い後輩たちからも、「細谷先生といえば『ニンジンには栄養はない』ですよね!」という声が異口同音に出てくることだ。 つまり、師に学んだ学生たちは数十年にわたってみな同じ言葉を聴き、その言葉が新鮮さを失うことなくずっと生き続けているということに他ならない。 まさに驚嘆すべきことなのである。

翻って自分の講義はどうだろうか。 果たして学生たちにそのような鮮烈な印象を与えうるような言葉で語ることができているだろうか、よしたまたま或る年に「記憶に残る」言葉を語れたとしても、それは何十年も風化しない言葉だろうか、また同じ言葉を何十年もブレることなく語り続けられるだろうか。 このようなことを自問するとき、栄養の専門家を標榜する自身の浅さ、狭さに身のすくむ思いがする。  

ところで、栄養学は、実学である。 身体の構造や体内での化学反応のしくみなど、変化しない土台の部分はあるものの、その上に立てられた「誰が、何を、どのように食べて、それによって何がおこるか」という現象は、時代や環境や経済や文化や流行の変遷とともに大きく変わり、栄養学もその変化に寄り添って「実際の生活の中でどうするか」を論じなければならない。 栄養士は、コンビニのおでん、トップアスリート愛用のチョコレート菓子、〇〇ゼロをうたったアルコール飲料、機能性を表示した食品やサプリメントなどが日常の食生活に浸透しつつあることに目をつぶるのでなく、これを受け止め、その食べ方を考える存在でなければならない。 一方で、栄養学は、成長発達や健康増進、生活習慣病の予防や高齢社会の維持を支える「食」に理論的根拠を与える存在でなければならない。 その意味で、時代に振り回されず、次々に現れてくる新しい素材やアイデア、セオリーや食イベントの本質を一つ一つ丹念に吟味し、評価・説明していくことも専門家として欠くことのできない役割だと考える。

このように、食生活の現場に密着した専門家である栄養士の責任は重大である。 しかし、インターネットの普及により情報があふれかえる時代になった今、栄養士がその役割をきちんと果たすのは楽なことではない。 インターネットの中でも食にかかわる情報(グルメ、ダイエット、安全性、代替医療など)は、常に多くの人たちの関心の的であり、真偽の混ざった情報とそれに対する無責任なコメントが飛び交ううちに、何が確かな情報なのかわからなくなっていることも少なくない。 栄養士自身も生活者としてその情報の山に飲み込まれて右往左往するか、敢えてそうした喧騒から距離をおいて原理原則論に閉じこもってしまうか、のどちらかになりがちである。

そこで、私は自分自身もネットの情報の中に身を置き、悪戦苦闘しつつもそれを踏まえて学生たちに「情報の目利きができるようになれ」、「食生活の中の様々なできごとを説明できるようになれ」と事あるごとに説くようにしている。 もとより二年間の短期大学のカリキュラムの中で学べる知識には限界があり、卒業して栄養士として現場に出た段階で「目利き」や「説明」ができることは決して多くはないだろう。 しかし、そうした姿勢を若い栄養士たちが持ち続けていくことが、この国の社会にしっかりした「栄養」の考え方を根付かせる大きな力の源になると信じている。 亡師の域には遠く及ばないまでも、いささかでも前進の一端を担うことができれば、こんなに喜ばしいことはない。




   
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