つなぐちから #13

佐藤直稀×熊谷智

「波渡なす」を未来の子どもたちへ。
持続可能な栽培の仕組みを模索

2026.09.15

「波渡なす」を未来の子どもたちへ。持続可能な栽培の仕組みを模索

 当時農学部3年生だった佐藤直稀さんが、山形県鶴岡市小堅地区(堅苔沢地区と小波渡地区を合わせた範囲)で長く栽培されてきた在来野菜「波渡なす」継承の危機を知ったのは2024年10月。小堅地区自治振興会未来創造事業部の熊谷智さんとの出会いがきっかけだった。佐藤さんは、熊谷さんたち住民有志とともに地域で「波渡なす」を持続的に栽培していく仕組みづくりを模索。新たに結成した保存会とともに栽培技術を学びながら、波渡なすを安定して収穫するための体制づくりと魅力の発信に挑んでいる。

保育園で守られてきた希少な野菜
閉園と高齢化で栽培継承の危機

 もともと自家用や近隣で食べるために、堅苔沢地区や小波渡地区の住民が代々種や苗を受け継ぎ、栽培してきた「波渡なす」が、地域固有の在来野菜であることが判明したのは2015年。市場に流通していない希少な地域の野菜を、次世代を担う子どもたちに伝えていこうと、小堅保育園での継承活動が始まった。
 「波渡なすばばちゃん」と呼ばれる栽培経験のある女性などでつくる保存会の協力を得て、収穫はもちろん採種から芽出し、育苗、畑への定植、毎日の水やりや草取り、調理、実食と一連の作業を子どもたちが手ずから行う食育を兼ねた活動が約10年続けられた。しかし2025年3月、小堅保育園の閉園が決定。
 「波渡なすばばちゃん」ら波渡なすを自家栽培していた担い手住民の高齢化も進み、希少な在来作物をいかに後世へ残していくのかが、地域の課題となった。

波渡なすは大ぶりでずっしり実が詰まって重みがあり、食べる際に種が気にならないのが特徴。焼きなすステーキ(写真右)などで味わう

  山形大学で庄内地方の農業集落内の人口減少率や高齢化率に着目し、在来作物の継承について研究していた佐藤さん。小堅保育園閉園の前年、たまたま参加していた地域のイベントで波渡なすの危機を知り、熊谷さんらに栽培の継承に向け、山形大学との協働で「波渡なす試験栽培プロジェクト」に取り組むことを申し出た。
 「大学からプロジェクトを提案させていただいてから地区の皆さんの行動力が本当に素晴らしかった。皆さんが自分たちで動いてくれて、どんどんいい方向に進んでいきました」と佐藤さん。「地域でどれくらいの数の方々が波渡なすを育てているのかを知るために堅苔沢地区と小波渡地区の全住民にアンケートを取り、熊谷さんたちと定期的に話し合いを重ね、2025年 4 月に新しい保存会を設立することができました」と振り返る。

保存会設立時の地区内ミーティングの様子。熊谷さんや小堅保育園の職員、「波渡なすばばちゃん」ら旧保存会メンバー、自治会長ら地域の住民有志が集まり、波渡なすの継承に向けて話し合った

力を合わせ共同の畑で栽培
コミュニティ・ガーデンに挑戦

 新保存会には高齢で引退した旧保存会のメンバーに替わり、これまで農業と縁のなかった非農家の住民も新たに加わっている。
 会長に就任した熊谷さんも、その一人。「わが家では祖父祖母の時代も作っていなかったため、子どもたちが保育園に入るまで波渡なすの存在も知りませんでした。波渡なすという在来作物があることを初めて知って、なおかつ食べたらすごくおいしい。大切に残さないといけないな、と思いました」と打ち明ける。
 保存会は、共同の畑で協力しあって波渡なすを栽培する「コミュニティ・ガーデン方式」を採用。本業が建設業の熊谷さんは、出勤前の早朝や帰宅後、休日などに水やり、草取り、収穫といった作業に従事している。

新・保存会の皆さん。写真後列左から小堅保育園職員だった熊谷真希子さんと齋藤優さん、「波渡なすばばちゃん」として活動の中核を担っていた母さた子さんの後を継いだ本間康子さん、前列左から会長の熊谷さん、佐藤さん、旧保存会時代から継続して活動する「波渡なすばばちゃん」志田秀子さんと佐藤春女さん

 在来作物は単に種を残すだけでなく、地域でどのように育てられてきたのか、文化や栽培技術の継承も不可欠だ。保存会では山形大学農学部江頭宏昌教授らに連作障害の対策などの助言を受けながら、「波渡なすばばちゃん」ら長年波渡なすを栽培してきた地域住民から昔ながらの栽培技術も学んだ。
 例えば、採種の際は「1番初めになった実ではなく、2 番目になった中から格好のいい実を選び、誤って収穫しないように赤いひもで目印をつけて」1カ月ほど枝上で追熟。種を傷つけないように包丁を使わず床にたたきつけて割り、たらいに入れた水の中でほぐして選別していくのが地域の方法だ。
 この種を土にまく前に、あらかじめ発芽させるのが「芽だし」。波渡なすの場合、不織布に種7 粒を少しの土とともに包んで一晩水につけてから、ビニール袋と手作りのポシェットに入れて1週間ほど人肌で温める。かつてはかすりの着物の帯に挟み、体温に当てていたという。
 実際に経験した佐藤さんは「服の中に入れて寝る時だけ外して、また朝起きて入れていました。『こんなに早く本当に芽が出るんだ、体温ってすごい』と驚きました」と振り返り、熊谷さんも「自分で育てると(ナスが)可愛く面白くなっていきました。楽しかったですね」と笑う。

保育園時代から実際に「芽だし」に使われてきたポシェット(写真右)。保育園では「小さなタネの物語〜みんなの波渡なす」というオリジナルの歌が作られ「たいせつにおなかにだいて/かわいいかわいいめがでたよ/おなかポカポカぼくはちいさなおかあさん」と歌われた。発芽させた種は個別にポットに移し、さらに育った苗を畑に植え替える 

「人と人」「地域と大学」から後世へ
希少な在来作物が、つなぐ縁。

コミュニティ・ガーデンには地元の耕作放棄地を活用している

 それまで連作障害で不作に悩まされていた波渡なすだったが、4.5メートル×7メートル2区画の畑で初年度に栽培できたのは約880個。10アールあたりに換算し全国平均の約6割の収量と、一定の手応えを得た。
 しかし佐藤さんは「連作障害は今後も課題。週3 回くらい苗の様子見に通って広がり具合を観察していますが、知識がまだ全然足りません。もっと立派なナスを作れるように、大学院修了までに論文やマニュアルを読んでさらに勉強して、地域の皆さんにお返ししたいと思っています」と力を込める。
 また在来作物の継承について研究を進める中で「食育の大切さ」を痛感しているといい「今、小堅地区の小学生は 7 人。個人的には今後、他の小学校の子どもたちにも垣根を越えて波渡なすについて知ってもらいたいと考えています」と語る。
 波渡なすの知名度アップは、熊谷さんも昨年度から手がけてきたテーマだ。「地区内にも波渡なすの存在を知らない人はまだ多い。実際に食べて認知してもらって広めようと、昨年は有線で呼びかけて地区の公民館で無人販売、『収穫祭』などのイベントも行いました。今年は荘内神社の朝市『鶴市(つるいち)』出店にも挑戦したいと思っています」と意気込む。
 これまで担い手それぞれが個別に行っていた栽培がコミュニティ・ガーデンで共同で行われるようになり、情報交換やイベントによって住民同士の交流も活性化。波渡なすを通じ、新しいつながりも生まれている。

さとうなおき●大学院農学研究科(修士課程)1年。茨城県那珂市出身。高校時代、地場産果物を生かした地域振興をテーマに探究活動に取り組んだことをきっかけに、本学渡辺理絵教授の研究に興味を持ち、山形大学に入学。食農環境地理学研究室で在来作物の継承について研究している。

くまがいさとし●新・波渡なす保存会会長。2019年に設立された「小堅地区自治振興会未来創造事業部」で、シェアハウス運営などに参加。長女と長男が小堅保育園出身で妻が小堅保育園職員だったことから「波渡なす」の継承活動について知り、新・波渡なす保存会の設立に尽力。

つづきを読む

他の記事も読む