はばたくひと ♯38
赤間亜生
人文の学びや文学作品は心の栄養
現代も響く、先達の言葉を届けたい。
2025.12.15

はばたくひと ♯38
赤間亜生
2025.12.15
「私たちの仕事は『文学』という世界の水先案内人」と語るのは、山形大学人文学部の卒業生で仙台文学館の副館長を務める赤間亜生さん。「文学の世界の広い地図の中から『ここにあります』と見つけ、共有した文学者や作品、言葉が、いつか誰かの好きなもの、大切な場所、迷ったときの手がかりになれば嬉しい」。展示や講演などを通して多くの文学作品や文学者の魅力を発信してきた赤間さんに、仕事や文学への思い、大学時代の思い出を伺った。
仙台文学館で開かれた全国高等学校国語教育研究連合会の文学研修で、講師を務める赤間さん
赤間さんが山形大学の門をたたいたのは1985年。当時、山形大学の二次試験は日本語と英語の小論文のみで、入試会場に英和辞典を持ち込むこともできた。得意の小論文を活かせたことが、山形大学受験の決め手の一つになったという。
当時、現在のような高速バスの路線網はまだ整備されていなかった。赤間さんは住まいのあった仙台からキャンパスまでJR仙山線の始発列車で通学、最終列車で帰ることもあった。通学の負担は大きく、学生寮に空きが出るのを待ち、入学から半年後に生活の拠点を山形に移した。
「家から離れられるのが嬉しかったし、寮生活は自由で楽しかったですね。映画館に行ったり、友達と千歳山に登ったり、焼き鳥店や家庭教師、コンサートの楽屋付きのバイトをしたり。映画のエキストラのバイトで山形空港の撮影に参加したこともありました」と笑う。
専攻は心理学と迷って、国文学を選択。しかし「小学校からずっと国語が得意だった」という赤間さんにとっても、大学で学ぶ日本文学のハードルは予想以上に高く、「無知だった目を開かされるようだった」と振り返る。
「それまで『文学研究』なんて考えたこともなく、日本文学といえば作家の人生とその作品くらいの狭いイメージ。それが実際の講義では作家の生涯だけでなく当時の社会背景から世論、同時代の他の作家や文学作品、時には外国文学の影響や文学研究理論まで広く深く学びます。『分からないな、分からないな』と思いながら勉強した記憶があります。大学の演習をきっかけに、高校までの読書傾向とは違う近代文学のさまざまな作品も読みました。また、4年生の時に指導教官が誘致した学会に運営を手伝いながら参加したときは、今まで知らなかった研究の世界を垣間見ました」
エポックとなる泉鏡花作品と出会ったのは、4年次の最初の演習だった。
「教官があらかじめ選定した明治の日本の作家から作品を選ぶことになりましたが、選択肢としてあげられていた作家のうち、私がそれまできちんと作品を読んでいたのは夏目漱石くらい。漱石以外のほとんどの作家については、名前を知っているくらいで作品は読んでいない、というあり様でした。困ったな、と思いましたが、その中に泉鏡花の初期の作品『貧民倶楽部』がありました。どの作家も同じようにほとんど知らなかったので、泉鏡花ももちろん初めて。思い入れがあって選んだ作品ではありませんでしたが、明治の貧民窟に生きる虐げられた人たちが世の中に向かって反旗をひるがえす、面白い小説でした」
赤間さんは卒業研究の論文テーマにも泉鏡花作品を選択。その後進んだ大学院でも泉鏡花で修士論文を執筆した。
こうした経験に、卒業後の現在も助けられているという。「泉鏡花を通して明治という時代の要素に触れたおかげで、その後、他の明治の文学を読んでも、時代状況や風俗など、バックボーンがイメージできるようになりました」
1997年4月から仙台文学館準備室に勤務し、同館の立ち上げ段階から尽力。遺族や関係者に了承を得ながら仙台市や宮城県にゆかりのある近代文学資料を収集し、常設展示や企画展示を形にしていく開館までの道程は、平坦ではなかった。
「仙台・宮城ゆかりの文学者として土井晩翠、島崎藤村、魯迅、真山青果、岩野泡鳴、高山樗牛などの名前は知っていましたが、ほかにも私が知らないたくさんの文学者がいました。それに、仙台生まれの仙台育ちでしたが、郷土の文学史や郷土史などについて、全くと言っていいくらいに知識がありませんでした。立ち上げの 2 年間、資料収集したり、展示をつくったりと、仕事をしながらで勉強しました。大学、大学院と日本の近代文学を専門に学んできましたが、仕事を通して学びを深めていったと思います」

豊かな自然に囲まれた仙台文学館(宮城県仙台市青葉区北根)は1999年3月に開館。2026年秋から大規模改修工事を予定している
同館の初代館長を9年にわたって務めたのが小説家、劇作家として知られる井上ひさし。赤間さんが何度も展示を手がけた文学者の1人だ。
「オープン前々日に来館した井上先生のことを今も覚えています。パネルが間違っている、キャプションができていない、と髪を振り乱して開館準備に追われる私たちの仕事部屋に、突然ふらっと井上先生が現れたんです。若輩の私たちにとって、井上先生は雲の上の人。本当なら、お座りください、などと言うべきでしょうが、何を喋ったらいいのかも分かりません。皆、あっけにとられて一瞬、ポカーンとしました。すると、先生が『どうぞ皆さんそのままで』と。『私はこういう現場の雰囲気が好きなんです。どうぞ仕事の手を止めないで、続けてください』とおっしゃって自分でソファーに座って、私たちの仕事を眺めていました。先生が『稽古場が好き』とおっしゃっていたことを後から聞いて、なるほどな、と思いましたね」

仙台文学館の常設展示室に設けられた「一本の巨樹-井上ひさし」のコーナー。貴重な直筆原稿なども紹介している
館長退任後に聞いた言葉も、忘れられないという。
赤間さんが2009 年に担当した開館 10 周年記念特別展。井上ひさしの小説「吉里吉里人」に焦点を当て、展示室に作品に登場する「吉里吉里国」を作り上げた。会場で井上作品のリーディング公演も行い、それを本人が観に来てくれたことがあった。
「終わってから、井上先生が出演者に『今日はたくさんの人が来てくれたけど、明日は1人しか来ないかもしれない。でも、その 1人のために今日と同じようにやってください』とおっしゃった。私たちがお目にかかったとき、すでに日本を代表する小説家、劇作家だった先生ですが、それ以前の、作家を志した若き日の井上先生の姿と、先生がそこから歩んできた何十年という月日を想像させる言葉でした。『1人しか来なくても、たくさんの参加者を前にしても、同じように誠実に』。それは私たちの日々の仕事にも言えることです。深い、忘れられない言葉です」
「仕事の中で、特に大切にしているのが資料の保存」と語る赤間さん。「令和の今、明治の作家にゆかりのある品々が残っているのは、その資料を一生懸命守り、伝えてくれた方々がいたからです。そうした方々へのリスペクト、敬意と感謝も忘れてはいけないと思います」
これまで仙台文学館で、夏目漱石や石川啄木、宮澤賢治ら多くの文学者とその作品を展示の中で紹介してきた赤間さん。テーマとなる文学者や作品と向き合い、とことん突き詰めていく作業には「いくら勉強しても足りない苦労があります」と打ち明ける。
「まだ知られてない文学者であれば、一から自分で掘り起こし、先行研究が豊富な作品であれば過去の研究を全て踏まえなければいけません。展示や図録を通して自分が調べ、心を寄せた内容が伝わったとき、好きな作品や言葉をお客さまと共有できたときは、やりがいを感じます」
人文系の学びを「生きていく上での心の栄養ととらえている」という赤間さん。
「ふとした先達の言葉や本の一節が、生きにくいと感じたときの心の支え、迷ったときの道しるべになることがあります。夜中に何度も読み返したくなるような物語や、ひとりでコーヒーを飲みながら思い出すフレーズ、そして本の中には、現実とは違う世界で、別の人生を生きる自分を想像する楽しみもある。そういうものが、私たちの人生を豊かにしてくれるのだと思います」と力を込める。
赤間さんが手がけた図録の一部。「展示は終わってしまいますが、図録は成果として形として残すことができます。誤植や間違いがないように期日まで仕上げる仕事はハードですが、思いを込めて作っています」
最後に、学生や受験生に向けてメッセージもいただいた。
「私自身、学生の頃から今の仕事に就こうと決めていたわけではなく、興味があることに進んでいく中で道が開けてきました。若い皆さんには、今の時間を大事にして、いろいろ吸収して、道を決めていってほしい」。
自分で決めた道を途中で「違った」と感じとしたら「その時、また変えればいい」と、赤間さんは考えている。
「どんな人生でもやり直しがきくんじゃないかな、と思うんです。そして、その時、皆さんのそばに、かけがえのない『本』があれば嬉しいです。現実では得られない世界が本の中には広がっています。どんな時代にも行けますし、どんな旅もできます。人間は現実では一回の人生しか生きられませんが、本の中に入ると、さまざまな人生、あり得るかもしれない、あり得たかもしれない人生を知り、生きることができます。そこで得られる『想像力』は現実を生きる力になるでしょう。自分以外の他者への想像力があることが、皆さん自身はもちろんのこと、皆さんに関わる人たちとその生活を豊かにすると思います。自分と自分の周りに対する想像力を育んでほしいと思います」
つづきを読む
あかま あき●宮城県仙台市出身。1989年3月に山形大学人文学部を卒業。東北大学大学院を経て仙台文学館に開館準備段階から携わり、開館記念特別展「夏目漱石展 ─『漱石文庫』の光彩─」、開館5周年記念特別展「宮沢賢治展inセンダードー永久の未完成」、開館10周年記念特別展「井上ひさし展 吉里吉里国再発見」、「樋口一葉・その文学と生涯─貧しく、切なく、いじらしく」といった展示を担当。2019年より同館副館長。
※内容や所属等は2025年11月当時のものです。