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ニホンザル個体群間の「つながり」を示したマップを公開 ~ニホンザルによる被害拡大の予防と個体群の適正保護の両立に向けて~

掲載日:2022.11.10

本件のポイント

  • サルによる農業・生活被害が各地で拡大する一方で、どこで、どういった強度の管理捕獲(注1)を実施すべきかについて、現場で混乱が生じてきた。
  • 全国に分布する約2300のサルの群れ(総群れ数の約7割)の行動圏(注2)データを集積・解析することで、サルの個体群(注3)間の「つながり(=生息地の連結性)」を示すマップを構築した。
  • このマップにより、「被害予防のために積極的な管理が可能な地域」と「保護に配慮が必要な地域」の判断を支援することができ、各自治体による科学的な管理事業の推進に寄与できる。

概要

 ニホンザルによる農業・生活被害が深刻な社会問題として認識され、各地で捕獲事業が推進されてきた。個体群の絶滅リスクを高めずに、さらなる被害拡大を予防していくためには、個体群の計画的な管理捕獲が必要とされる。しかし、各自治体が利用可能な、捕獲事業の適正化に資する指針はこれまで限られていた。そこで、日本哺乳類学会・ニホンザル保護管理検討作業部会(部会長 [当時]:江成広斗 山形大学・教授)が中心となり、計11の教育研究機関と実務組織*からなる合同チームにより、ニホンザルの群れの行動圏データを全国から網羅的に収集し(計2288群=全国の総群れ数の約7割)、景観解析(最小コストパス解析(注4))により、各地の個体群間の「つながり(生息地の連結性)」の強度を示すマップを作製した。このマップにより、「被害予防のために積極的な個体群管理が可能な地域(=つながりが強固な地域)」と「保護に配慮が必要な地域(=つながりが脆弱な地域)」の判断を支援でき、各自治体による科学的な管理事業の推進に寄与することが期待される。
【掲載雑誌】Conservation Science and Practice(北米に拠点がある保全生物学会が発刊する国際誌)

 詳しくはこちらをご覧ください。

* 山形大学・野生動物保護管理事務所・東北野生動物保護管理センター・兵庫県立大学・自然環境研究センター・里地里山問題研究所・石巻専修大学・神戸大学・富山県自然博物園ねいの里・信州大学・石川県立大学

背景

 戦前にみられた大規模な森林破壊や乱獲に伴い、ニホンザルの分布は大きく縮小した。戦後、狩猟が禁止され、生息地となる森林が回復していくと、ニホンザルの分布は徐々に拡大していく。ニホンザルの分布拡大は、個体群の保護の側面から評価できるものの、農業被害や生活被害(人身事故を含む)へとつながり、人とニホンザルとの軋轢は深刻化していく。軋轢の深刻化を受け、捕獲を重視する被害対策は各地で進められ、環境省・農水省が2014年に示した加害群(被害を発生させる群れ)の半減方針も後押しとなり、過去に例のない大規模な捕獲が各地で実施されている。
 さらなる分布拡大に伴う軋轢の広域化を未然に防止するために管理捕獲が必要とされるケースは少なくない。しかし、非計画的(場当たり的)な捕獲事業は個体群の絶滅リスクを高める可能性がある。個体群の絶滅リスクを高めないためには、少なくとも隣接する個体群間のつながり(生息地の連結性)を維持することが求められるが、そのための指針はこれまで示されてこなかった。そこで、日本哺乳類学会・ニホンザル保護管理検討作業部会(部会長 [当時]:江成広斗 山形大学・教授)が中心となり、各個体群間の「つながり=生息地の連結性」を可視化するための全国規模の解析を試みた。

研究手法・研究成果

 個体群間のつながり(生息地の連結性)は、「隣接する個体群間がどれだけ地理的に離れているか」だけでなく、隣接する個体群間に存在する生息地の質(森林環境や気象条件)にも依存する。そこで、個体群間のつながりに影響しうる「生息地の質」を全国規模で評価するために、全国各地から2288のサル群れ(環境省が公表した2010年時点の総群れ数の約7割に相当)の行動圏データを収集し、生息地モデルを構築した。この生息地モデルをもとに、既存の個体群間のつながり(生息地の連結性)を「最小コストパス解析」と呼ばれる景観解析により地図化した。あわせて、既存の個体群間のつながりを効率的に維持するために考えられうる最適なネットワーク(最適なパス=移動・分散 (注5) のための通路)も可視化した(手法は最小スパニングツリー)。これらを用いることで、「被害予防のために積極的な個体群管理が可能な地域(=つながりが強固な個体群、最適なネットワークのパスがない地域)」と「保護に配慮するべき地域(=つながりが脆弱な個体群、最適なネットワークのパスがある地域)」の判断を支援することができる。

図.ニホンザル個体群のつながりの強度と、個体群間を効率的に連結させるための最適なネットワーク
の画像
図.ニホンザル個体群のつながりの強度と、個体群間を効率的に連結させるための最適なネットワーク

図の解釈

  • 左図に示した孤立性の数値が高いほど(=赤色に近づくほど)、つながりが脆弱な個体群であることを意味する。
  • 右図に示した灰色線が、生息地の質を考慮した個体群間の最適なネットワーク(最適パス)を示す。
  • 管理捕獲を実施するうえで、①孤立性が高い個体群、②最適パスがある生息地、③最適パスが多く接続されている個体群、において特に保全上の配慮が必要となる。

 注意点

  • 四国南部と九州は、解析に用いた情報(群れ行動圏データ)に欠損が多いため、参考情報となる。

今後の展望

 「どこで、どういった強度の管理捕獲を実施すべきか」は、これまで各自治体の判断に任されてきた。本成果を活用することで、一つの科学的エビデンスを付加した判断が可能になり、計画性のある管理捕獲の推進に寄与できる。本成果を、各自治体のサル管理方針を定める「特定鳥獣管理計画」に活用していただくために、今後は上記の学会部会と環境省との間で議論の場を持つことで、社会実装の可能性を検討していく予定である。

掲載論文の詳細

  • 論文タイトル:Optimizing habitat connectivity among macaque populations in modern Japan
  • 掲載誌:Conservation Science and Practice ※北米に拠点がある保全生物学会が発行する国際誌
  • 著者一覧:江成広斗(山形大学)、清野紘典(株式会社 野生動物保護管理事務所)、宇野壮春(合同会社 東北野生動物保護管理センター)、森光由樹(兵庫県立大学)、滝口正明(一般財団法人 自然環境研究センター)、鈴木克哉(特定非営利法人 里地里山問題研究所)、辻 大和(石巻専修大学)、山端直人(兵庫県立大学)、清野未恵子(神戸大学)、赤座久明(富山県自然博物園ねいの里)、泉山茂之(信州大学)、大井 徹(石川県立大学)、海老原寛(株式会社 野生動物保護管理事務所)、三木清雅(株式会社 野生動物保護管理事務所)、藏元武藏(株式会社 野生動物保護管理事務所)、江成はるか(山形大学)

用語解説

注1.  管理捕獲:県が定める計画(特定鳥獣管理計画)にもとづく個体数調整を目的とした捕獲
注2.  行動圏:対象とする動物が日常的に利用する範囲
注3.  個体群:ある空間に分布する同じ生物種の集まりを指す。個体群内の個体は繁殖等により個体間相互に直接的・間接的なかかわりをもっている。ニホンザルにおける個体群は必ずしも明確に定義されておらず、本研究では各地にみられるニホンザル分布の集合(クラスター)を便宜的に個体群と記載した。
注4.  最小コストパス解析:①動物の移動・分散を阻害する抵抗(具体的には土地利用・森林タイプ・地形・気象条件に由来する移動・分散コスト)と、(2)地理的な距離、の2つから、隣接する個体群間の連結性を評価するための景観生態学的な解析手法
注5.  移動・分散:行動圏内で利用地域を季節的に変える動物の動きを「移動」、出生地から行動圏を移出する一方向的な動きを「分散」と呼び、移動・分散によって個体群間につながりが発生する。

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