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掲載日:2025.07.29
国立大学法人東北大学
国立大学法人東京農工大学
国立大学法人山形大学
発表のポイント
概要
免疫細胞を利用してがん細胞を攻撃するがん治療抗体の中でも、がん細胞と免疫細胞の抗原を同時に認識し、両細胞を架橋することで強力な免疫応答を誘導する「二重特異性抗体」は、次世代のがん治療法として注目されています。同じ抗体でも設計の違いによって活性が大きく異なることがこれまで、しばしば報告されてきましたが、その理由は分かっていませんでした。
今回、東北大学の田中良和教授、東京農工大学の浅野竜太郎教授、山形大学の真壁幸樹教授らの研究グループは、クライオ電子顕微鏡を使って二重特異性抗体が細胞同士をどのように架橋するかを立体的に捉え、設計の違いによって抗がん活性が100倍以上上昇するメカニズムを解明しました。
本成果は、より効果的ながん治療抗体を合理的に設計するための新たな指針となるものであり、2025年7月14日付で科学誌Cell Reportsに掲載されました。
詳細はこちら(リリースペーパー)をご覧ください。
研究の背景
がんは日本人の死因の第1位であり、超高齢化が進む日本社会においてますます深刻な問題となっています。比較的副作用が少なく、がん細胞を狙い撃ちできる抗体医薬は有望ながん治療薬として開発が進められてきました。しかし、単独でのがんの根治は依然として難しく、より薬効の高いがん抗体医薬の開発が望まれています。その中で注目を集めているのが二重特異性抗体(Bispecific Antibody = BsAb)と呼ばれる次世代型のがん治療抗体です。BsAbは、2種類の異なる抗体を組み合わせて作られる人工抗体であり、がん細胞と免疫細胞の抗原を同時に認識し、両細胞を架橋することで、活性化した免疫細胞をがん細胞へと効果的に誘導することができます。つまり、免疫細胞を効果的に利用することで従来のがん抗体医薬よりも高い薬効を達成できるのです。一方、その設計については未だ確立されたルールがなく、その開発段階においては試行錯誤を避けられない現状があります。
今回の取り組み
今回の研究では、Ex3というBsAbに着目しました。Ex3は、がん細胞に過剰発現が見られるEGFR(注2)と、免疫細胞であるT細胞に存在するCD3(注3)という分子を標的としたBsAbです。Ex3は抗EGFR抗体528と抗CD3抗体OKT3の可変領域(Fv:抗体が抗原を認識するための最小の構造単位で、重鎖可変領域(VH)と軽鎖可変領域(VL)から成る)を連結させた、最も単純な構造のBsAbであり、がん細胞に活性化させたT細胞を集積させることで強力ながん細胞傷害活性を誘導することができます(図1)。

▲図1 . Ex3によるがん細胞傷害の概念図
Ex3は4つのドメイン(528VH, 528VL, OKT3VH, OKT3VL)と、それらをつなぐ短いペプチドリンカーでできています。そしてBsAbを設計する際には、各ドメインを連結させる順序を入れ替えることも可能であり、Ex3の場合、両VLをN末端側に配置させたLH型(Ex3LH)は、両VHをN末端側に配置させたHL型(Ex3HL)と比べ、100倍以上のがん細胞傷害活性を示すことが分かっています(図2)。このようなドメインの並び替えによってその活性が大きく上昇する現象はEx3のみならず、いくつかのBsAbにおいても報告されていますが、その詳細なメカニズムや法則性については明らかになっていません。そこで本研究では、Ex3HLとEx3LHそれぞれの抗原(EGFRとCD3)との三者複合体のクライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)構造を取得し、構造生物学的観点からドメインの並べ替えによる活性上昇のメカニズムを解明することを目指しました。

▲図2. ドメインの並べ替えによる活性上昇

▲図3. HL型とLH型の三者複合体のCryo-EM構造比較
Cryo-EM単粒子解析法(注4)により、EGFRとEx3とCD3の三者複合体の構造が、HL型で3.64 Å、LH型で3.29 Åの分解能で得られました。両者を比較すると、どちらもアーチ状の構造を有している一方で、EGFRとCD3の相対位置は大きく異なり、528FvとOKT3Fvの接合部を起点に全体的な構造が逆方向に湾曲していることが分かります(図3)。このことは、ドメインの並べ替えにより両Fvを繋ぐ2本のリンカー(図2の配列上の赤色で示される領域)の位置関係が変化し、2つのFvの配向が大きく変化したことを示しています。
Ex3の2つのFvの配向の変化によって、2つの抗原間の架橋様式が変化することは明らかです。ここで、今回得られた構造を用いてT細胞表面におけるEx3の結合様式を予測しました。するとLH型では、528Fvの抗原結合領域がT細胞表面に対して垂直方向に向いているのに対し、HL型では水平方向に向いており、EGFRとT細胞の脂質二重膜との間に立体障害を引き起こし、Ex3がEGFRに結合するのを妨げます(図4)。つまり、立体障害がない分、Ex3LHはEx3HLよりも、相対的に高い細胞間架橋能を発揮できると考えられます。高い架橋能は細胞間接触を増強し、強力なT細胞の活性化を誘導、結果として高いがん細胞傷害活性をもたらします。つまり、細胞表面での立体障害の回避こそがこの活性上昇の根本的なメカニズムであり、適切なドメイン配列による適切な細胞間架橋がBsAbの設計において重要であることが分かりました。

▲図4. T細胞表面でのEx3の結合様式予想
今後の展開
本研究成果は、より効果的ながん治療抗体を合理的に設計するための指針となるものであり、分子構造に基づく設計戦略を導入できるようになることで、開発スピードと成功率の大幅な向上が期待されます。さらに、今回はがん細胞とT細胞を標的としたBsAbをモデルにしていますが、今回明らかにした架橋角度という概念はがんのみならず、感染症、自己免疫疾患、神経疾患など、さまざまな疾病を標的としたBsAbの設計にも応用できると期待されています。
謝辞
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム事業(BINDS)(JP22ama121038)および、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業(科研費)(JP19H03511, JP23K24176, JP24000011, JP23H01770, JP22H02915, JP23H05470, JP23H04246, JP23K23519)、二国間交流事業(JPJSBP120223501)の支援を受けて実施されました 。また、本論文は『東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受け、Open Accessとなっています(https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(25)00736-3 )。
用語解説
注1. クライオ電子顕微鏡
クライオ電子顕微鏡は、ウイルスやタンパク質などの非常に小さな分子を凍らせた状態で観察できる最先端の電子顕微鏡です。試料をグリッドと呼ばれる格子状の金属板の上で急速凍結することで、これらの分子を自然な状態(=生きたままに近い状態)で固定し、観察することができます。
注2. EGFR
EGFR(Epidermal Growth Factor Receptor)は、細胞の増殖や生存をコントロールするシグナルを受け取る役割を担う膜タンパク質です。正常な細胞にも存在しますが、がん細胞ではこのEGFRが異常に増えていることが多く、がんの増殖や悪性化に関与しています。そのため、EGFRはがん細胞を見分ける目印として、抗体医薬の標的として広く利用されています。
注3. CD3
CD3は、T細胞に発現している膜タンパク質で、T細胞が異物(がん細胞やウイルスなど)を攻撃するときに働くスイッチのような役割を果たしています。CD3を刺激すると、T細胞は活性化されて、がん細胞を攻撃するモードになります。
注4. 単粒子解析法
単粒子解析法は、クライオ電子顕微鏡を使って、タンパク質などの小さな分子の立体構造を解析する手法です。急速凍結した試料を用いて、目的の分子(単粒子)の様々な方向の像を2次元平均画像として大量に撮影し、それらを重ね合わせることで、3次元の立体構造を再構築することができます。
論文情報
タイトル:Bispecific antibody-antigen complex structures reveal activity enhancement by domain rearrangement
著者: Kyohei Sato, Shiro Uehara, Atsushi Tsugita, Mayuka Ishii, Shieru Ishiyama, Atsushi Maejima, Ishin Nakahara, Misae Nazuka, Takashi Matsui, Gatsogiannis Christos, Takeshi Yokoyama, Izumi Kumagai, Koki Makabe*, Ryutaro Asano*, and Yoshikazu Tanaka*
*共同責任著者:
東京農工大学 大学院工学研究院 教授 浅野竜太郎
山形大学 大学院理工学研究科 教授 真壁幸樹
東北大学 大学院生命科学研究科 応用生命分子解析分野 教授 田中良和
掲載誌:Cell Reports
DOI:10.1016/j.celrep.2025.115965
URL: https://doi.org/10.1016/j.celrep.2025.115965
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