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植物の葉緑体で"逆変換"酵素を発見 ~ 光合成やストレス応答の理解・応用に新たな道 ~

掲載日:2025.10.20

埼玉大学
宇都宮大学
電力中央研究所
山形大学

ポイント

  • 植物の葉緑体内でNAD(P)(H)量の調節に関与する“逆変換”酵素(CCR4C)を初めて同定
  • CCR4CはNADP(H)を脱リン酸化してNAD(H)に変換するNADPホスファターゼとして機能
  • 光合成やストレス応答に関わるNAD(P)(H)代謝の新しい調節機構を解明

詳細についてはこちら(プレスリリース)

概要

 NAD(P)(H)は、光合成や酸化ストレス応答など、植物の生命活動に欠かせない「電子のやり取り」に関わる重要な補酵素です。これまでNAD(H)をリン酸化してNADP(H)を作る酵素(NADキナーゼ)は知られていましたが、NADP(H)を脱リン酸化してNAD(H)に戻す酵素については、その正体が長年不明でした。
 埼玉大学を中心とする研究チームは、モデル植物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)において、CCR4Cというタンパク質が葉緑体内でNADP(H)を脱リン酸化する酵素(NADPホスファターゼ)であることを明らかにしました。この発見は、植物が光合成やストレス応答をどのように調節しているのかを理解するうえで、大きな前進となる成果です。
 本研究は埼玉大学大学院理工学研究科の川合真紀教授の研究グループと宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センターの児玉豊教授、電力中央研究所サステナブルシステム研究本部の橋田慎之介上席研究員、山形大学学術研究院(農学部主担当)の宮城敦子准教授らとの共同研究で実施され、2025年10月15日(米国東部時間)に米国科学アカデミー紀要(PNAS)にオンラインで掲載されました。

研究の背景

図1:電子伝達物質であるNAD(P)(H)はすべての生物が持つ基本的な物質です。植物の光合成ではNADキナーゼがNADP+を葉緑体で供給していることが知られていましたが、夜間等にNADP+を脱リン酸化して量を減らす“逆変換”のメカニズムは不明でした。本研究では葉緑体に存在するCCR4Cがホスファターゼ(脱リン酸化酵素)であることを世界に先駆けて明らかにしました。の画像
図1:電子伝達物質であるNAD(P)(H)はすべての生物が持つ基本的な物質です。植物の光合成ではNADキナーゼがNADP+を葉緑体で供給していることが知られていましたが、夜間等にNADP+を脱リン酸化して量を減らす“逆変換”のメカニズムは不明でした。本研究では葉緑体に存在するCCR4Cがホスファターゼ(脱リン酸化酵素)であることを世界に先駆けて明らかにしました。


 植物は、光合成によって光エネルギーを利用し大気中の二酸化炭素を有機物に変換することで成長します。この過程で重要な役割を果たすのが、NAD(P)(H) と呼ばれる補酵素です。NAD⁺NADHは主に呼吸に関与し、NADP⁺NADPHは光合成や脂質合成、さらには活性酸素からの生体防御に用いられます。葉緑体に局在するNADキナーゼ(NADK2)は、光合成電子伝達系にNADP⁺を供給する酵素です。光エネルギーで励起された電子はNADP⁺に受け渡され、NADPHが生成されます。葉緑体内のNADP(H)量は光環境やその他の条件に応じて変動し、厳密に調整されていることが示されています。しかし、NADP(H)の量を減らす仕組みは長らく不明でした(図1)。

 

 

研究内容

図2:シロイヌナズナのnadk2変異体は光合成がうまく行えず成育が遅延します。しかし、さらにCCR4Cが機能しなくなると(nadk2 ccr4c)、生育は回復しました。これは、CCR4CのもつNADPの脱リン酸化活性が無くなったことで、光合成に必要なNADP+量が確保できるようになったためだと考えられます。

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図2:シロイヌナズナのnadk2変異体は光合成がうまく行えず成育が遅延します。しかし、さらにCCR4Cが機能しなくなると(nadk2 ccr4c)、生育は回復しました。これは、CCR4CのもつNADPの脱リン酸化活性が無くなったことで、光合成に必要なNADP+量が確保できるようになったためだと考えられます。

 本研究では、モデル植物シロイヌナズナにおいてNADK2が機能しない変異体(nadk2)の表現型を回復させる変異株をスクリーニングし、葉緑体に局在する新規酵素 CCR4C を同定しました。CCR4CはNADP⁺およびNADPHをそれぞれNAD⁺、NADHに変換する脱リン酸化酵素(NADPホスファターゼ)として機能し、葉緑体内のNAD(P)(H)量を調節する役割を持つことが分かりました(図2)。さらに、CCR4C欠損株は活性酸素ストレスに対して耐性を示すとともに、nadk2変異体の葉の色や成長の異常も回復させることがわかりました。これらの結果から、CCR4Cは葉緑体内のNAD(P)(H)量を調節する新規因子であることが示されました。

今後の展開

 植物細胞が葉緑体内でNAD(P)(H)量を制御する新たな仕組みをCCR4Cが担うことを明らかにした今回の成果は、持続可能な農業やカーボンニュートラル社会の実現に向けた重要な基盤となります。今後は、CCR4Cを介したNAD(P)(H)調節の分子メカニズムや活性酸素ストレス応答との関係を詳細に解析し、光合成効率やストレス耐性を高める作物改良へと応用を進めます。また、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 ALCA-Next(先端的カーボンニュートラル技術開発) 「フィージビリ ティスタディ(FS)課題」(2025年度採択)などを通じて、応用展開に向けた研究を加速して行きます。

論文情報

掲載誌  Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS米国科学アカデミー紀要
論文名     Identification of CCR4C as a chloroplast-localized NADP(H) phosphatase regulating NAD(P)(H) balance in Arabidopsis
著者名   Kazuki Akashi, Yutaka Kodama, Hiroaki Sakaguchi, Shin-Nosuke Hashida, Atsuko Miyagi, Toshiki Ishikawa, Masatoshi Yamaguchi,

Maki Kawai-Yamada

明石一樹1、児玉豊2、坂口浩朗1、橋田慎之介3宮城敦子4、石川寿樹1、山口雅利1、川合真紀1*

1埼玉大学大学院理工学研究科、2宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター、3電力中央研究所サステナブルシステム研究本部、山形大学学術研究院(農学部主担当)

*責任著者:埼玉大学大学院理工学研究科 教授 川合真紀
DOI 10.1073/pnas.2504605122
URL https://doi.org/10.1073/pnas.2504605122

研究支援

本研究は、文部科学省の科学研究費補助金(20H05905, 22H02298, 23K23564, 23H04187, 24H02065)の支援を受けて行われました。

用語解説

(1) NAD(P)(H)
細胞内で電子を運ぶ分子で、光合成や呼吸、脂質合成、活性酸素防御などさまざまな代謝反応に関わります。NAD⁺とNADHは主に呼吸、NADP⁺とNADPHは光合成やストレス応答に使われます。

(2) NADキナーゼ(NADK2)
葉緑体に局在する酵素で、NAD⁺をリン酸化してNADP⁺を作ります。光合成電子伝達鎖に最終電子受容体NADP⁺を供給する働きがあります。

(3) CCR4C
本研究で新たに同定された葉緑体内の酵素で、NADP⁺やNADPHからリン酸を取り除きNAD⁺やNADHに変換する脱リン酸化酵素として機能することが明らかになりました。

(4) 葉緑体
植物細胞内で光合成が行われる細胞小器官で、太陽光を利用して二酸化炭素から糖を作り、エネルギーを生成します。

(5) 活性酸素ストレス
光合成や呼吸の過程で生じる酸素の活性化した形態によるストレスで、細胞や葉にダメージを与えます。

 (6) 光合成電子伝達系
葉緑体のチラコイド膜上に存在します。光合成の中で電子を受け渡す化学反応の流れで、NADP⁺が電子を受け取ってNADPHを作ります。この過程が効率的に行われることで、植物は光エネルギーを化学エネルギーに変換できます。

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