







ホーム > 新着情報:プレスリリース > 2026年05月 > 植物病原菌の膜脂質制御に関わる酵素の立体構造を解明 ~新規抗菌戦略につながる分子メカニズムを解明~
掲載日:2026.05.25
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▲AcvBとLpiAによるLys-PGの合成と分解の模式図
山形大学大学院理工学研究科の星 実津希 大学院生(研究当時)、松本 大輝 大学院生、山形大学学術研究院(理学部主担当)の渡邊 康紀 准教授らによる研究グループは、植物病原菌における膜脂質代謝に関わる酵素AcvBの立体構造を解明しました。
細菌は環境ストレスに応じて膜脂質の組成を変化させることで生存していますが、その制御の仕組みは十分に理解されていません。本研究では、細胞膜を構成するリン脂質のリシルホスファチジルグリセロール(Lys-PG)を分解する酵素AcvBが、どのように基質を認識し、膜に結合して機能するのかを明らかにしました。
さらに、AcvBが脂質合成酵素LpiAと連携して働くことで、膜中のLys-PGの量が局所的に制御される可能性を示しました。本研究は、細菌の膜脂質制御機構の理解を前進させる成果です。
本研究成果は2026年5月22日付けで、国際学術誌『Communications Biology』に掲載されました。
生物にとって細胞を形作る細胞膜は、外部環境からのストレスやさまざまな有害物質に対する防御に重要な役割を果たしています。一部の細菌の細胞膜には、リシルホスファチジルグリセロール(Lys-PG)というプラスに荷電したリン脂質が存在しており、膜の電荷を変化させることで抗菌ペプチドなどに対する耐性を高めることが知られています。
一方で、植物病原菌においては、Lys-PGが過剰になると正常な細胞機能が維持できず、宿主植物への感染が阻害されることが知られています。そのため、ペリプラズム空間に存在するLys-PGを分解する酵素AcvBによる適切な量の調節が感染能に重要であると報告されています。しかし、AcvBが細胞膜中のLys-PGをどのように認識し、分解しているのかについては不明でした。
また、Lys-PGは合成酵素LpiAによって合成され、AcvBによって分解されますが、これらの酵素がどのように協調して膜中のLys-PGの量を調節しているのか、その分子レベルでの仕組みは明らかではありませんでした。
今回研究グループは、植物病原菌Agrobacterium tumefaciensにおける膜脂質分解酵素AcvBの分子機構を明らかにするため、構造生物学的手法と、生化学的手法を組み合わせて検討を行いました。まず、AcvBを組換えタンパク質として大腸菌から大量精製し、その結晶を作製し、X線結晶構造解析により立体構造を決定しました。さらに、得られた構造情報に基づいて機能解析を行い、構造と働きの関係を詳しく調べました。
構造解析の結果、AcvBは基質であるリシルホスファチジルグリセロール(Lys-PG)を認識するための特徴的な活性部位を持つことが明らかになりました。この活性部位周辺には負電荷を帯びた環境が形成されており、正電荷を持つLys-PGを選択的に引き寄せることができる構造となっていました(図1)。これにより、AcvBが他の膜脂質ではなくLys-PGを特異的に基質として認識する仕組みが示されました。
さらに、AcvBの構造から、タンパク質表面から突出した疎水性の特徴的な構造が存在することが明らかになりました(図1)。この構造は細胞膜との相互作用に関与していると考えられ、AcvBが細胞膜に結合して機能するための重要な要素であると示唆されました。すなわち、AcvBは細胞膜の表面に結合することで基質に直接アクセスし、効率よく分解反応を進めていると考えられます。
また、本研究では、AcvBが単独で働くだけでなく、Lys-PGを合成する酵素LpiAと連携して機能する可能性にも着目しました。解析の結果、これら2つの酵素が直接相互作用することで、膜中のLys-PGの量が調節される可能性が示されました。すなわち、LpiAによって合成されたLys-PGが、その場でAcvBによって分解されることで、膜中のLys-PGの量が局所的に制御される仕組みが考えられます(図2)。
以上の結果から、本研究により、AcvBが膜表面に結合して基質を認識するメカニズムを立体構造に基づいて初めて示され、その働きはLpiAとの連携によって調節されている可能性が高いことが明らかになりました。
さらに、本研究で得られた知見から、細菌の細胞膜では脂質の合成と分解が二つの酵素が連携して行われることで、膜の状態が精密に保たれている可能性が示されました。これは、細菌が環境の変化に迅速に適応するための重要な仕組みの一つであると考えられます。

▲図1:AcvBの立体構造
構造は領域ごとに色分けしており、活性部位を含む領域をピンクで示している。

▲図2:AcvBとLpiAによるLys-PGの合成と分解の模式図
今後は、AcvBとLpiAの複合体構造の解明や、膜上での相互作用の詳細な解析を進めることで、細菌が膜の状態を調整する仕組みのさらなる解明を目指します。また、本研究で得られた知見は、細菌の膜機能を標的とした新たな抗菌剤の開発につながる可能性があります。特に、植物病原菌の感染機構の理解やその制御に向けた応用が期待されます。
本研究の主な成果は、筆頭著者である星 実津希 大学院生(研究当時)の修士論文研究として行われたものです。
掲載誌 Communications Biology
題目 Structural basis of substrate recognition and membrane association by the bacterial lysyl-phosphatidylglycerol hydrolase AcvB
著者 Mizuki Hoshi, Daiki Matsumoto, Yasunori Watanabe
DOI https://doi.org/10.1038/s42003-026-10087-1
本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(JP25K09522, JP22K06096)および公益財団法人発酵研究所の支援を受け行われました。
1.リン脂質:細胞膜を構成する主な成分で、リン酸を含む親水性の頭部と疎水性の脂肪酸からなる尾部を持つ脂質。この性質により、細胞膜の基本構造が形成される。
2.リシルホスファチジルグリセロール(Lys-PG):細菌の細胞膜に存在するリン脂質の一種で、頭部に正の電荷を持つ。膜表面の電荷を変えることで、抗菌ペプチドなどに対する耐性に関わる。
3.ペリプラズム:グラム陰性細菌において、内膜と外膜の間にある空間。さまざまなタンパク質が働く場所であり、AcvBはこの領域でLys-PGに作用する。
4.組換えタンパク質:目的のタンパク質の遺伝子を大腸菌などの微生物に導入して合成させたタンパク質。
5.X線結晶構造解析:タンパク質などの分子の結晶にX線を照射して得られる回折データを解析することで、分子の立体構造を明らかにする手法。本研究のX線回折データは大型放射光施設SPring-8において取得した。