







ホーム > 新着情報:プレスリリース > 2026年06月 > 花粉はなぜ速やかに活動を再開出来るのか ~“待機”状態にある細胞核の特徴とその再始動の仕組みを解明~
掲載日:2026.06.03
山形大学
科学技術振興機構(JST)

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植物の花粉は、「活動を止めたまま長く生き延び、必要なときにすぐ動き出す」という、ユニークな性質を持つ。しかし、このような性質が細胞の内部でどのように実現されているのかは、十分に分かっていなかった。本研究では、花粉の中に存在する細胞のうち、遺伝情報の伝達を担う「雄原細胞*1」に着目した。この細胞の核は、見た目には細胞分裂中の状態を思わせる特徴的な形を示す。しかし、解析の結果、実際には細胞分裂に入っているのではなく、分裂前の段階で活動を抑えた状態にあることが明らかになった。さらに、花粉がめしべに付着して水を吸収すると、核の構造が緩み、遺伝子の働きが速やかに再開した後、花粉管の伸長や細胞分裂が段階的に進行することが分かった。阻害剤を用いた解析から、これらのうち初期の核構造変化は遺伝子の働きに依存せずに進行する一方で、細胞分裂には遺伝子の働きの再開が不可欠であることが示された。これらの結果から、成熟した花粉の雄原細胞は、特殊な核構造によって活動を抑えながら長期間生存できる状態を維持するとともに、吸水後には速やかに活動を開始できるよう、必要な準備を整えた状態にあることが明らかになった。本成果は、花粉の生存性や発芽の仕組みに関する基盤的理解を深めるものであり、将来的には作物の受粉効率や生産安定性の向上といった農業分野への応用につながることが期待される。
本研究の成果は国際学術誌Plant Directに2026年6月2日に掲載された。
被子植物の花粉の中には、乾燥状態で成熟し、一時的に活動を停止することで長期間生存できるものがある。一方で、その寿命や乾燥耐性は種によって大きく異なり、短時間で機能を失う花粉も多い。このような多様性があるにもかかわらず、受粉後には短時間で花粉管を伸長し、重複受精*2に関わる2つの精細胞を胚珠へ輸送する必要がある。これらの精細胞は、父親由来の遺伝情報を次世代へ伝達する重要な役割を担っている。このように花粉は、「活動を停止した状態」と「速やかに活動を再開する状態」を両立しているが、その細胞内部で何が起こっているのか、特に核レベルでの制御機構は十分に理解されていなかった。精細胞は、花粉内に存在する雄原細胞の細胞分裂によって生じる。すなわち雄原細胞は、遺伝情報の伝達を担う細胞を生み出す前駆細胞である。成熟花粉中の雄原細胞の核は、DNAがひも状に凝集した特徴的なクロマチン*3構造を示すことが知られており(図1)、その形態は細胞分裂期の染色体を想起させる。しかし、この構造が実際の細胞周期状態とどのように関係しているのか、またその後の再活性化にどのように関与するのかは未解明であった。本研究では、細胞構造の観察に適したテッポウユリ(Lilium longiflorum)を用いた。ユリの花粉では、雄原細胞が成熟時に細胞分裂に必要なDNA複製を完了していることが知られているが、その後どのような状態で維持されているのか、さらに吸水後にどのような過程を経て活動を再開するのかについては明らかではなかった。

▲図1、雄原細胞核のクロマチン構造。
雄原細胞核のクロマチンは強く凝集し、外観は細胞分裂期の細胞核に類似する。
※間期の細胞とは、細胞が分裂を行っていない通常の細胞周期段階にある状態を指す。
スケールバーは10 µm(1 µm=100万分の1メートル)。
本研究では、まず「花粉中の雄原細胞は分裂期(M期)にあるように見えるが、実際に細胞分裂に入っているのか」という点を検証した。テッポウユリの花粉から雄原細胞を抽出し、共焦点レーザー顕微鏡*4による高解像度観察を行った。細胞周期の特定には細胞周期マーカーの免疫染色を用い、M期特異的マーカーとしてチューブリンおよびヒストンのリン酸化に着目した(図2)。これらの分子マーカーを指標として細胞周期状態を解析した。成熟花粉中の雄原細胞核を解析した結果、M期に類似した強く凝集したクロマチン構造が認められた一方で、M期特異的な分子マーカーは検出されなかった。

▲図2、細胞周期マーカーの染色による雄原細胞の状態解析。
青はクロマチン、緑はチューブリン、マゼンタはリン酸化ヒストンを示す。
チューブリンは細胞分裂に向かう過程で分裂面に特徴的な構造を示し、リン酸化ヒストンは細胞分裂開始時に核内に特徴的なシグナルとして観察される。
成熟花粉中の雄原細胞では、分裂前パターン(G₂期)に対応する染色パターンが観察され、細胞分裂開始時(M期開始時)に特徴的な分子マーカーは検出されなかった。
一方、花粉の吸水後には、細胞分裂開始時(M期開始時)に特有のマーカー分布が観察され、細胞周期が進行したことが示された。
これらの結果から、雄原細胞はM期には入っておらず、DNA複製を完了した後の分裂前段階であるG₂期にとどまっていることが示された。さらに、吸水後の花粉由来の雄原細胞を解析したところ、両マーカーともにM期開始時特有のパターンを示し、同時に凝集していたクロマチンが緩む様子が観察された。これらの結果から、吸水後にはクロマチンの脱凝縮を伴いながら細胞周期が進行し、最終的に雄原細胞の分裂へと至ることが明らかとなった。すなわち、雄原細胞のクロマチンは成熟花粉中では強く凝集した状態で維持され、吸水後に一過的に脱凝縮した後、M期への進行に伴って再び凝縮し分配されるという、動的な制御を受けていることが示された。また、転写阻害剤を用いた解析により、クロマチン脱凝縮や細胞周期進行の準備段階に相当する初期の核変化は、吸水後の転写再開に依存しないことが明らかとなった(図3A)。一方で、転写阻害剤処理下ではM期特有の染色体構造は形成されず、雄原細胞の分裂には転写再開が不可欠であることが示された(図3B)。

▲図3、花粉吸水後に起こるクロマチン構造変化と転写の役割。
A、花粉吸水前後のクロマチン構造。吸水後にはクロマチンの脱凝縮が起こり、クロマチン密度の低い領域と高い領域のコントラストが不明瞭となった。この形態変化は転写を阻害しても(転写非依存的に)進行した。スケールバーは10 µm。
B、転写阻害剤処理下における雄原細胞のクロマチン構造。コントロールでは多くの細胞がG2期(分裂前の段階)からM期(分裂期)へ進行したのに対し、転写阻害剤処理下では大部分の細胞でM期への進行が認められなかった。スケールバーは10 µm。
本成果は、花粉中の雄原細胞がM期様のクロマチン構造を示しながらも実際にはG₂期にあるという特異な核状態を明らかにするとともに、吸水後の再活性化が転写非依存的な初期段階と転写依存的な後期段階からなる段階的過程であることを示した点に意義がある。これにより、花粉が「活動を停止した状態」と「迅速に活動を再開する状態」をどのように両立しているのかを理解する上で、新たな視点を提供した。
本研究により、花粉において、DNAが強く凝集したクロマチン構造を保ったままG₂期で停止するという特異な核状態が明らかになった。さらに、吸水後には再活性化が段階的に進行することが示され、その過程についての理解が進んだ。今後は、このようなクロマチン状態および再活性化機構が、植物種間でどの程度共通しているのか、またどのような多様性を持つのかを検証するとともに、クロマチン構造変化と再活性化を結び付ける分子機構の解明が求められる。また、転写に依存せずに進行する初期のクロマチン再編成過程の分子基盤を明らかにすることで、細胞周期制御とクロマチン動態の関係について、より一般的な理解につながることが期待される。
これらの知見は、花粉の生存性や発芽過程の制御に関する基盤的理解を深化させるものであり、長期的には作物における受粉効率や生産安定性の向上につながる可能性がある。さらに、植物が乾燥環境下でも生殖機能を維持する仕組みを理解する上でも重要である。
*1.雄原細胞:花粉管中で分裂し、2つの精細胞を形成する細胞
*2.重複受精:花粉から運ばれた2つの精細胞がそれぞれ別の細胞と受精し、1つは次世代の個体(胚)を、もう1つは栄養組織(胚乳)をつくる仕組み
*3.クロマチン:DNAとヒストンタンパク質(DNAを巻き取る役割をもつタンパク質)からなる核内構造
*4.共焦点レーザー顕微鏡:レーザーを使って細胞の中をはっきりと映し出す顕微鏡。ぼやけた光を除くことで、細かい構造をくっきり観察できる。
表題:Generative Cell Division, but Not Early Nuclear Reorganization, Requires Transcriptional Reactivation During Pollen Tube Growth
著者:澁田未央1、小松愛那1、阿曽亜海2
所属:1山形大学理学部、2山形大学大学院理工学研究科
雑誌:Plant Direct
DOI: 10.1002/pld3.70175
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ACT-X「転写因子によらない迅速な転写制御機構の解明(研究代表者:澁田未央、JPMJAX22BB)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「シロイヌナズナ精核における転写制御機構の解明(研究代表者:澁田未央、JP23K14218)」日本ジェネティクス「クロマチン凝集とリンクした転写状態の部分的維持機構の解明(研究代表者:澁田未央)」の支援を受けて実施されました。