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澤里 菜那 人文社会科学部 人文社会科学科 1年

派遣先大学:ラトビア大学
派遣期間:2019年3月1日~3月14日 

<日本語教室での活動内容>

 日本語教室は主に初級、中級、上級に分かれていて、それぞれのクラスで生徒一人一人が求める内容を行っていた。

 初級クラスでは、ひらがなやカタカナの読み方や書き方など基本的なことから、短い文章を読み、意味を教えるなどを行った。

 中級クラスでは、漢字を勉強したいという生徒には漢字を教えたり、日本の昔話を読んで意味を教えたりなどした。

 上級クラスでは、新聞の記事を読んで理解を促し、互いに意見を交換するなどのことを行った。 

<日本語教室以外での交流活動>

 日本語教室以外では、海に連れていってもらったり、美術館に連れていってもらったりした。また、ボウリングや映画など現地の人しか使わないような施設や、生徒の通う芸術アカデミーの内部を紹介してもらうなど交流を通じていないと行かないような場所も案内してもらった。 

<参加目標の達成度と努力した内容>

 私は参加目標として、積極的にコミュニケーションを取る、生徒にとってわかりやすい説明をするなどの目標を掲げていたが、どれも少しは達成できたと感じる程度の達成度であると考える。なぜなら、どちらの目標においてももう少し上手に出来たのではないかと考えられるからである。

 しかし普段から積極的に行動を起こさない私にとって、今回の学生大使では生徒相手に英語でコミュニケーションを取ろうと努力したと思う。また、説明についても電子辞書を使ったり絵を描いたりすることで工夫することができたと考える。 

<プログラムに参加した感想>

 今まで私は英語や外国に対して苦手意識や日本とは違うという意識を持っていたが、今回学生大使プログラムに参加し現地の人々と交流して感じたことは、英語はそれほど苦手意識を持つものではないし、ラトビアという国は日本とは異なる点もあるが、似ている点も多々あるということである。

 英語に関して、今まではコミュニケーションを取るためには流暢に話せなければいけないと思い込んでいた。しかし今回の学生大使での経験の中で、コミュニケーションを取るために必要なことは相手を理解しようとする姿勢であり、英語はそのためのツールに過ぎないということを学ぶことができた。もちろん、英語が堪能であるというのは素晴らしいことだが、私は相手の言葉を聞いて理解しようとするということの方が重要であるという考えに至った。

 ラトビアと日本の相違点については、実際に現地に2週間滞在したからこそ見えるものがあったように考える。

 例えば、ラトビアと日本とは著しく異なる点として挙げられるのはカジノの有無であると考える。ラトビアではカジノが多くあって日常風景の一部となっているが、日本ではカジノと名乗っている場所はほとんど見かけない。

 しかし、現地の人にカジノについてどう思っているかを聞くと、ほとんどが否定的な意見ばかりである。その点においては日本と似ていると言うことができる。

 このようにカジノの有無、またそれに対する意見のみを見ても日本との相違点がよく見られる。

 今まで私は、外国は日本とは著しく異なると考えていたため、今回の学生大使での滞在はとても新鮮なものであった。 

<今回の経験による今後の展望>

 今回の学生大使プログラムでの経験の中で、上記のことのみならず、自国の文化を大切にすることや相手の文化を尊重することの重要性を学ぶことができた。

 ラトビアの人々は旧ソ連から独立した自国をとても大切に思っていることがコミュニケーションを通じて伝わってきた。それに対して私たち日本人は謙遜の文化の影響もあるのか、自国を尊ぶようなことはあまりしないように感じる。私はそのようなところで謙遜するのではなく、自国の歴史を学んだうえで今の日本を大切にし、改善すべき点はしっかりと考え直すといったことが必要であると考える。

 また、今回の滞在では人種差別的なことを言われた。しかし、このようなことを言うラトビア人がいる一方で、その時案内してくれていた学生たちのように怒ってくれるラトビア人もいるということがわかった。これは日本で一生を終えていたら出来ない体験であったし、現地の学生がいなければ得ることの出来ない気づきであったと思う。このことから私は、どんな人種、国民であっても一概に良い、悪いとは言えないということを学んだ。また、自分はこのような差別的な言葉を相手に投げかけないように、相手の国や文化を尊重できる人間になろうと考える。

 今後はこの気づきを糧にして、より一層外国や自国への理解を深めていきたいと考える。そして深めた理解をそのままにするのではなく、新たな自分の価値観のひとつとして大切にしていきたいと思う。