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倉持 丘帆 工学部 機械システム工学科 2年

派遣大学:ガジャマダ大学 
派遣期間 2019年2月21日~3月7日

<日本語教室での活動内容>
 授業の時間は、月曜日から金曜日の10時から11時半と13時半から15時までの2回、日本語教室を行った。主に1対1の対応で教えていた。初級者には、ひらがな、カタカナ、
 数字の発音、自己紹介などを教え、中級者には、簡単な漢字、数字の数え方、英語からひらがなに換える問題などを教えた。初級者と中級者に対しては、英語でコミュニケーションをとったが、私が英語の発音や単語の意味が分からなく、スムーズに会話を進めることができなく、英語をもっと勉強しておくべきであったと思った。また、上級者に対しては、漢字の成り立ち、「られる」の意味、「かえる」の漢字の使い方、日本語能力試験の対策などを教えた。日本人でも、説明が難しいことを勉強していて、説明を考えるのに苦労した。

<日本語教室以外での活動内容>
 現地の生徒のインドネシア人が毎日一人以上は、付き添いをしてくれていた。日本語教室の授業が終わった後に、ゲストハウスに集まり、トランプやPCゲームや人狼ゲームについて話し合い、交流を行った。トランプゲームは、日本と同じルールで遊んでいたので、とても遊びやすく交流を深められた。また、人狼ゲームが思った以上に盛り上がり、インドネシアでもその様なゲームをするのだと思い驚いた。19時頃になると、日本人と現地の学生たちとで屋台に夕食を食べに行き、ナシゴレンやロテックというインドネシア料理を食べた。印象に残ったのは、料理は辛く、飲み物が甘ということだった。土曜日、日曜日は、基本的に大学が休みなので、ボロブドゥール遺跡、マリオボロ通り、タマン・サリ、クラトン、フレデブルグ要塞博物館などの場所に連れて行ってくれた。忙しい中でも学生たちが付き添ってくれて、安全に観光することができた。しかし、インドネシアの気候は、乾季と雨季があり、私は、雨季の時期に来てしまい、スコールが毎日あり、観光途中でいきなり雨になり、じっくりと観光できない場合があった。
 私はシンガポール経由で日本に帰国したので、経由する都合上、飛行機の時間が朝の10時半出発と朝早いにも関わらず、現地の学生が見送りをしてくれたので、とてもうれしかった。

<参加内容の達成度と努力した内容>
 私はこのプログラムに参加するにあたって、2つの目標を立てた。1つ目に「異文化」について学ぶこと、2つ目に「コミュニケーション」を向上させることであった。
 1つ目の達成度としては、70%である。インドネシアの宗教といえば、イスラム教である。イスラム教なので、毎日5回お祈りを行う。また、飲食においては、ゼラチン(豚から作られているため)、豚、お酒などが飲食禁止になっている。私は、日本からのお土産にゼラチン入りのお菓子を持って行ってしまいお土産に渡すことができず残念であった。事前にイスラム教について調べておけばよかったと反省した。夕食の時に、手でご飯を食べることがあり、初めてだったので、少し手で食べることに戸惑いがあったが、日本では経験できないことなので、新鮮だった。
 2つ目に「コミュニケーションの向上」についてである。達成度としては、50%である。ガジャマダ大学は、授業はすべて英語で行われている。英語に対しての意識の高さがとても伝わってきた。また、日本語教室を受講した生徒は、日本語を話すことができる人が多く、日本語で話してしまい英語をあまり使わなかった。しかし、日本語を話せない生徒と話す場合は、私は、英語に苦手意識があり、英語でコミュニケーションをとる際に思ったことが英語で言えずに、思うように伝えることができなかった。しかし、そのおかげで英語に対してモチベーションが上がったことは、非常に良かったと思う。

<プログラム活動に参加した内容>
 学生だけで、海外に行くのは初めてで不安があったが、無事安全に過ごせたので、参加してよかったと思う。日本とは、気温がまるで違い空港に到着した時点で、暑さを感じた。交通量も山形県とは違い自動車やバイクが多く利用されている。特にバイクは自動車と自動車の間をすり抜けていき、交通ルールを無視していた。道路を横断するときは、現地の学生がいないと横断できないほどで、歩行者優先ではなく乗り物が優先的に走行することが多かった。寮に関しては、部屋の中に、昆虫がたくさんいて、殺虫剤を使うことがあった。トイレはとても独特で、トイレットペーパーの備え付けがなく、持参したものを使用し、水で流すのは桶で水を汲んで、流すというものだった。日本と比べると、生活面はかなり違い、食事は主に屋台で食べることが多く、衛生面に関してはあまり良くなく、私は腹痛になることが多々あった。本当に別の世界に来た感覚で、全身でインドネシアの文化・食を実感した。そして、インドネシアは赤道に近く日差しが強いため、暑さで体調を崩し、日本語教室を休むことがあり、体調管理はしっかりと気を付けるべきであった。

<今回の経験による今後の展望>
 私は、留学等に興味があり、今回の学生大使プログラムで自分の能力がどこまで通じるのか、日本と比較してどのような生活をしているかという理由で参加した。自分の能力に関しては、英語の勉強不足、日本文化の知識の低さであまり現地の学生に日本のことを教えることができなかった。それとは反対に、現地の学生に日本文化を教えてもらい、私よりも日本の文化を知っていたので、日本に対しての関心が強く、うれしかった半面私は、申し訳ない気持ちを痛感した。将来、日本で働きたいという目標を持って大学生活を送っている人が多く、私も将来について目標を明確に定めようと思った。今回のプログラムで英語に対して、また日本文化に対して勉強をするべきだと思い、一歩前進し、自分の成長につながり、非常に良い経験だった。次回当プログラムに参加する機会があれば、別の国に行き英語でコミュニケーションをしっかりと取れるように取り組んでいきたい。

日本語教室の皆さんの画像
日本語教室の皆さん

GEMBIA LOKA ZOOにての画像
GEMBIA LOKA ZOOにて

ボロブドゥール遺跡にての画像
ボロブドゥール遺跡にて