スケートと講義

人文学部 石原 敏道(心理学)

「先生、お願い、もっと黒板の字を大きく、ていねいに書いてください。
 読めないんです。」
「あ、板書のことね、そうだね、僕も読めない。」
「なに冗談言っているんですか、それじゃ困ります。やる気あるんです
 か?」
「勿論やる気まんまんだ。いつも講義は楽しくやっているよ。板書は我
 が心の軌跡を示している。軌跡だけで判断してほしくない。華麗なス
 ケートでは規定の演技は確かに軌跡の美しさを求められるが、自由
 演技では軌跡は問題にされない。」
「講義はスケートなんですか?」
「まあそれほど美しいスケーターではないけれどね。僕の演技を見ても
 らいたいのでのあって、軌跡だけを見て評価してほしくないんだよ。」
「そんな人いないんじゃないですか、結構演技も見ていると思うんです
 けれど。」
「いやいや、多いと思うよ。極端な人はものさしを使って測ったりして。
 演技を見てたとしても、何回回ったとか、何回転んだとか、客観的に
 よく分るもののみをメモしている。」
「そうですかね。でも確かに、黒板に書かれたものしか書かない人は多
 いですね。」
「それで分るんですかね、教師の演技が。」
「板書はきちんと書く人もいれば、難しい用語のみを書く人もいます。も
 し先生のスケート論で言うと、それらも皆心の軌跡ですか?」
「そう思っていいんじゃないかな。もし同じ対象を説明しようとしても、板
 書するのは人によって違うと思う。心の動きが違うからね。」

「ではそうだとして、学生はどうすればいいんですか?」
「学生に是非理解してほしいのは課題に対して教師が(そして紹介され
 た研究者達が)どう取り組んでいるか、そしてそれがうまくいっている
 かという事じゃないだろうか。追体験がいいに決まっているがそれは
 できないので、苦心して説明する。これらは板書できることじゃない。
 心から心への伝達だ。」
「お気持ちは分りますが、学生は専門の審判ではない、初心者なんで
 す。そんな教師の心なんて分る訳無いじゃないですか。」
「勿論、教師も客である学生にどうアピールするかと言う事も考えてい
 る。私にとっては苦手なんだがね。それをすると、心がそれてしまう。」
「本当に困った先生ですね。でも、理由が分っていると言うことは、それ
 を悩んでいるということであり、改善の余地ありと期待しますのでよろ
 しく。

 もう一つお聞きしたいのです。先生の心をつかんだとして、それをノ
 ートに留めるかということについて、先生はどうお考えですか。先生
 の講義を面白いと言っている学生もあるんですよね。その面白さは
 保存されたいでしょう。」
「スケートでもドラマでも、また自分の経験でも非常に感激した所は何
 もしなくても自然に残りますよね。問題は講義などちょっと抽象的な
 話しや複雑な話しは感激しにくいんだ。こんな時、感激した人、すな
 わち講義者に一体化とか同調すれば感激できるんだ。感激のポイン
 トはそんなに複雑なものじゃない。後の話しはなぜ感激したかという
 話しなんだ。感激のポイントをメモしておけば、後でじっくり追体験で
 きる。」
「ちょっとよく分らないんですが。」
「例えば、今日のこれまでの話しは『学生はスケートを軌跡だけで評価
 しているみたいだ。もっと演技を見てほしい』とでも書いておけばよ
 い。講義をスケートになぞるって面白いな、と感動してくれればよい。
 あとはその説明。黒板にはその説明を延々と書くと思うが、多分、中
 心テーマは書かない。この受け取り方の差が分かれ目だね。」
「なるほど、大事なものは話しの中にあって、黒板には無いって事です
 ね。」
「そう。もし書いたとしても、名詞止めの文章が多くて、それを読んでも
 教師の感動は再現できない。教師の感動を受け止めたら、それを自
 分の手で書きとめておくといいね。」
「分りました。(感動!!)」

 次は医学部の内藤 輝さんお願いします。

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