研究するひと #54
村上正泰
安心安全な医療体制をこれからも。
独自のデータベースを生かした研究で
持続可能な
地域の医療体制構築を目指す。
2024.02.15
研究するひと #54
村上正泰
2024.02.15
医学部教授でありながら、経済学をバックグラウンドとする村上先生。財務省在籍時に厚生労働省に出向し、医療制度改革へ携わったことがきっかけで「医療政策学」の研究者に転向した。人口変化により全国的な医療体制の見直しが推進される中、2018年からは山形県の「地域医療構想アドバイザー」を兼務し、山形県内の医療体制構築に尽力している。数えきれないほどの本が並ぶ研究室でお話を伺った。
「医療」と聞いて思い浮かぶのは、基礎医学や臨床医学だろう。それと並んであるのが、村上先生が研究テーマとする「医療政策学」を含む社会医学という分野だ。医療では、国民のニーズに応じて医療を持続可能な形でかつ効率的に提供する体制を整備する必要がある。
その根幹となるのが政策だ。医療政策学とは、医療提供体制や医療を取り巻く様々な問題について、社会的、経済的観点からその政策的な対応策を研究する分野である。
村上先生ら医療政策学講座では、県内の医療機関ごとの医療従事者の配置状況や地域で果たしている診療機能、患者の受療動向などについて継続的なデータの集積と分析を行い、それをもとに地域医療・介護連携体制の構築に関する政策提言や病院経営戦略を導き出すという実践的な研究を実施している。これまでには「慢性期医療に係る病院訪問調査」「がん患者の就労状況・社会復帰に関する調査」「山形県内病院勤務医勤務実態調査」など、多岐にわたる研究プロジェクトに取り組んできた。
そして現在、村上先生が最も力を入れているのが、山形県のこれからの医療提供体制を考えるための研究だ。人口減少や高齢化といった変化の中で今後の地域の医療体制をどのように作っていくべきかについて、研究だけにとどまらず、山形県の地域医療構想アドバイザー(超高齢化社会に向け各都道府県が進める「地域医療構想」を推進するための役割)として県内の地域医療構想の議論に参加し提言を行っている。
将来的な人口減少の程度や高齢化の割合は地域によって異なるため、地域医療構想は地域により考え方や進め方が大きく異なる。高齢者人口が爆発的に増える都市部に比べ、山形県ではその増加は緩やかで、2035年頃に75歳以上の後期高齢者の数がピークに至ると予測されている。以降は減少に転じるのだが、つまりそれは医療の側から見るとおよそ10年後には医療マーケットが縮小していくことを意味している。しかも、その動きはすでに県内の郡部から始まっているという。地域に人が少なくなれば、必然的にこれまでの医療体制を維持することが難しくなってくる。そのような状況の中で、機能や距離などのバランスを考慮した地域医療体制を構築していくためにはどうしたらよいのか。難しい局面だからこそ、政策検討の大前提としてデータを基にエビデンスを発掘し、根拠に基づいた政策を進めることが重要だと言う村上先生。その主張の根底には、かつて業界で"勘と度胸で決められている"と言われていた医療政策の問題を渦中で痛感した村上先生の強い思いが込められている。
人口や医療ニーズが変わりゆく中で、今後医師に求められる役割も変化していくだろう。そんな時代に山形大学で学ぶ生徒たちへ、村上先生は「今どんな変化が医療の世界、医療提供体制に起きているのかを知り、考えてもらいたい」と願っている。
「研究者として、そして山形県の地域医療構想アドバイザーとして、医療提供体制改革の議論にいかに貢献できるかがこれからのテーマ」だと村上先生は今後の展望を力強く答えた。「ますます地方から人口減少が進み、より難しい局面に入る中で、いかに地域住民につながるような医療体制を作っていくか。これからも研究を通じてエビデンスとなるデータを社会に還元し、議論や検討に役立てていきたい」。村上先生が見つめる未来には、これからも安心して医療を受けることができる、人にやさしい医療の姿がある。
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むらかみまさやす●医療政策学講座教授/広島県生まれ。東京大学経済学部卒業後、財務省に入省。厚生労働省保険局総務課課長補佐として医療制度改革に携わる。2010年より現職。
※内容や所属等は2023年8月当時のものです。