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トップ > 卒業生のひろば > 卒業生からの寄稿コーナー
「山大での愛すべき生活、あるいは私は如何にして心配するのを止めて教師を志すようになったか」 |
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長谷部 裕介さん (秋田県由利本荘市出身) H19.3 大学院教育学研究科 修了 現在: 神奈川県立茅ケ崎西浜高等学校教諭
平成13年春、私は「10年振りの作曲専攻生」として山形大学教育学部の生涯教育課程音楽文化コースに入学しました(難しかったというわけではなく、作曲を選ぶ奇特な人間が10年間たまたまいなかったというだけです)。 当時の私を一言で表すなら、周囲の方々はおそらく口を揃えて言うでしょう。――「なんでも屋」と。山大音楽科は、専攻の作曲はもちろん、専攻外のことも実にのびのびと学ばせてくれました。 特に、オペラサークルYCMでは院も含めた6年間、本公演に関わらせていただきました。ここでの経験が今の自分を形作っていると言っても過言ではないと思っています。1年目は合唱隊、2年目はオケ伴、3年目はキャスト、4年目は指揮、5年目は編曲、6年目はコレペティトゥーア、さらには自分の作品『どんぐりと山猫』を小学校訪問などで上演してもらったり…。ここまでYCMを味わい尽くした人間は、おそらくいないのではないでしょうか。 こうして立派な器用貧乏として大学院を修了した後、指揮をさらに勉強したくなった私は、アルバイトで学費を稼ぎながら桐朋学園大学の科目等履修生として2年間学ぶことになります。都合8年の学生生活。親はよく許してくれたものだと感謝しています。 学生生活8年目の夏、私は岐路に立っていました。 指揮を学んで知った奥深さと、指揮者として身を立てていくことの難しさ。そして、自分の能力を最大限に生かせる道は何なのか…。考えた末、高校の教員採用試験を受けることに決めました。教育学部に入学してから8年。ずいぶん遠回りだったと思います。 教員になってから8年が過ぎました。学生生活と同じだけ仕事をしてみて思うのは、「この道を選んで良かった」ということ。色んなことに首を突っ込んできた自分の経験が引き出しとなり、毎日の授業や部活動指導に大いに生きています。教員になるのに、遠回りは全然マイナスになりません。迷っている方は、思う存分回り道をしてみるのも一つかもしれませんよ。私は今、山大で学んだことをフルに生かしながら、プロの教員として恥ずかしくない仕事をするべく、日々奮闘しています。
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