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 「私のマリモ研究-山形大学での学びを基礎として」

     若菜 勇 さん  (岩手県花巻市出身)
       S58.3 理学部生物学科卒業
       S60.3 大学院理学研究科修了
       現在: 釧路国際ウエットランドセンター阿寒湖沼群・マリモ研究室 室長


阿寒湖周辺の湖沼調査(2013年10月) 

 昨年末、山形大学校友会支援事業の一環として理学部からお招きいただき、久しぶりに山形をお訪ねしました。目的は、私が学生時代を過ごした理学部の学生を対象に、私の業務であるマリモ研究について講演すること。それからアウトリーチ活動として、近くの山形市立第五小学校の児童にマリモについてお話しし、さらに訪問に合わせて、阿寒湖の展示施設以外ではなかなかお目にかかることのできない球状マリモの生体展示も行いました。

 講演では、「マリモの保全活動を通じて学んだこと」というタイトルで、「私のマリモ研究に山形大学での学びがどのように影響したのか」という視点を交えつつ、四半世紀に及ぶ研究活動の経過と成果を紹介しました。
 私が山形大学の理学部生物学科に入学したのは昭和54年。当時の生物学科は、医学部受験を繰り返していた者が多く、他の学科と比べて平均年齢がかなり高いのが特徴でした。私もその1人で、一部の同級生から「じーさん」と呼ばれていました。
 俗に言う「滑り止め」で入ってきたため、浪人組は皆、本来の志望を達成できなかった挫折感を抱えています。その一方で、それぞれが演劇や映画、文学、音楽などにやたら通じていたものですから、杯を交わしながら(もちろん既に成人しています)議論を交わしたり、本やレコードを貸し借りしたりする中で、刺激を与え合い、ポジティブな連帯感を共有して大学での新しい学びに取り組むことができました。
 交流は大学の外にも広がり、「演劇を見る会」という市民団体に入って民藝や四季といった本格派の舞台に定期的に接するだけでなく、様々な年齢、職業の方々と一緒に公演の裏方を手伝ったりしました。今になって振り返ると、このような体験が、マリモの保護活動を多くの市民ボランティアと力を合わせ、協力しながら進める基盤になっている気がします。
 また、大学3年の夏には、小笠原諸島で行われていたミカンコミバエという農業害虫の根絶事業にアルバイトとして参加する機会に恵まれました。幼虫がマンゴーやパパイヤなどの果実を食い荒らすミカンコミバエの蛹にガンマ線を照射して生殖細胞の遺伝子にダメージを与えると、羽化後、健全な成虫と交尾できても受精卵の発生は止まります。この不妊化させた虫を大量に野外に放ち、野生集団を絶滅させるのが事業の目的です。
 昆虫学を始め、放射線生物学、農芸化学など様々な分野を結集した総合プロジェクトの実務に触れた経験は、後々、マリモの保護を目指した研究を進めるにあたって大いに参考になりました。「マリモはなぜ減少したのか」、「どうすれば育成できるのか」、「そもそも、マリモとは何ものか」、「マリモの形態と生態はなぜ多様化するのか」、「球状のマリモはどのようにして生成され集団を維持しているのか」といった問いに答えるためには、植物生理学、分子系統学、集団遺伝学、個体群生態学など多方面からのアプローチが必要ですが、1人でやれることには限りがあります。多くの専門家の助けを借りて課題解決のためのプロジェクトを進める・・・これもまた、大学時代に学んだ大切な事柄でした。

 北海道大学の大学院を経て、マリモ専従の学芸員として阿寒湖に着任したのは1991年。当時は、調査の度に生育量の減少が報じられ、絶滅の可能性が叫ばれていました。それから20年あまりの歳月を要して、ようやく2012年、業務の目標であった「マリモ保護管理計画」を取りまとめることができました。マリモに関する生物学的な知見が整備されてきたのを踏まえてマリモ保護の課題と中長期的な活動の方針を示したもので、それまで何か事態が起こる度に対症療法的に対応せざるを得なかった状況から、包括的かつ計画的な対策への転換が図られました。
 なかなか成果の出ない時期がずいぶん長く続いたものだと我ながら驚きを通り越して呆れてしまいますが、焦りはありませんでした。生態が多様で複雑なマリモをきちんと理解するためには、国内外の多くのマリモ湖沼を一つ一つ踏査するとともに、メインフィールドである阿寒湖で何年にもわたってマリモの生育状況の変化を観察し続ける必要があったからに他なりません。
  「予断を持たずに対象(生物や現象)を徹底して見る」
  「ストーリー性のある研究を目指す」
  「成果を急がず、じっくりと取り組む」
 いずれも、講演の最後で取り上げた山形大学時代の2人の恩師、安部守先生と大瀧保先生の教えです。短期間で一定の成果を出すことが第一義であるような昨今の風潮とは対照的とも思われるこうした学風が、結果としてマリモ研究という帆船を前進させる「風」であり続けてきたように感じています。
 そして、一連の研究を通じて、マリモを育む阿寒湖の生態系や生物多様性は、世界的に見て特異性と独自性に優れている実態も明らかになってきました。このため、地元・釧路市では、数年前から阿寒地域の世界自然遺産登録を目指した活動を展開しています。世界自然遺産は山で例えればエベレスト。非常に高い目標ではありますが、その指定は最も厳しいレベルでのマリモの生育環境の保全にもつながります。自身のマリモ研究の集大成として、研究をさらに加速させて行くつもりです。


阿寒湖の湖底に群生するマリモ(2013年11月)

アイスランド・ミーヴァトン湖の調査(2012年7月)

国立台湾博物館でのマリモ特別展(2017年12月7日)

山大理学部サイエンスプロムナードにて小学生へのマリモ解説会
(2017年12月20日)

山大理学部サイエンスプロムナードでの球状マリモの生体展示
(2017年12月19日~21日)

山大理学部でのマリモ講演会1 (2017年12月20日)

山大理学部でのマリモ講演会2 (2017年12月20日)
   ※「マリモ講演会(2017.12.20開催)」に関する情報は こちら からどうぞ。