わたしたち研究は、目の前の子どもを育てることである。さまざまな子どもと日々接しているわたしたちにとって、子どもの学びを支えることが最大の役割であると考えている。そのためには、日々、刻々と変化する子ども一人一人を的確にとらえ、今後、どのような学びを展開していくのかということを具体的に見通す教師の地道な取り組みがなくてはならないと考えている。つまり、わたしたちの研究の根幹をなす考えは「子どもを育てるための子ども理解に努めること」に他ならない。
(1)子どもが学ぶということ
わたしたちは、「子どもは本来、「よりよい自分になりたい」という思いや願いをもってくらしている」と考えている。そして、「よりよい自分になりたい」という思いや願いを具体的に実現していくことは、子ども自身が「自分のまわりの『人・もの・こと(以下:対象)』に対する『とらえ』をふくらましていくこと」であると考えている。
わたしたちは、こうした考えをもとに「子どもが学ぶ」ということを次のようにとらえている。
| さまざまな経験をしながら、「人・もの・こと」に対して「とらえ」をふくらませていくこと |
(2)子どもの問題解決
子どもは、日々くらしの中で、常に何かしらの問題(困難)に出合っている。そして、その問題をさまざまな方法で解決しようとしたり、実際に解決したりしている。子どものこのような歩みは、問題の解決を通して、よりよい自分に近づこうとしている姿であると考える。
しかし、問題を解決したとしても、その解決が、感覚的なものであったり、場当たり的であったり、形式的で表面的な手続きによってなされたりする場合も見受けられる。このような解決であっても、解決手段を体得していくことになるであろうが、その解決方法が最善のものとは言い難い。したがって、教師は、子ども自身が「今の自分」と「なりたい自分」を明確にできるようにし、そして、「なりたい自分」へどのような方法で近づいていくのか見通しをもてるように、具体的に支えていかなければならないと考える。そうすることで、子どもが、意図的・計画的に自分の問題を乗り越えていくことができるようになっていくと考えている。そして、こうしたことの繰り返しが、子どもが将来にわたって「よりよい自分になりたい」という思いや願いを具体的に実現していくことになると考える。
このようなことから、わたしたちは、子どもの問題解決を次ののように考えている。
| 今の自分をもとに、よりよい自分に向かって乗り越えなければならない問題を明確にし、乗り越えるために最善の方法を見定め、行動していく一連の歩み。 |
このように考えると「子どもが学ぶ」ということは、問題解決を通した「よりよい自分になりたい」という思いや願いの実現であると考える。つまり、「子どもが学ぶということ」と「子どもの問題解決」は、「内容」と「方法」の意味合いに違いはあるものの、どちらか一方が独立して存在しているわけではなく、どちらも子どもの中でおきている相互に関係性をもったものであると考える。
(3)目指す子どもの姿
これまで述べてきたように、子どもは、問題解決を繰り返しながら、「対象」に対するとらえをふくらませていくと考える。そこで、目指す子どもの姿を次のように設定した。
2 子どものくらしにおける問題解決
(1)くらしの中で起こる問題解決
子どものくらしの中では、さまざまな問題解決がくり広げられている。一口に問題解決といっても、「問題」にも「解決」にも、さまざまな様相があると思われる。こうしたことから、くらしの中でくり広げられる問題解決は、問題に直面した状況や解決に対する子どもの納得の状態といった一人一人の内面に大きく依存した、きわめて個に委ねられたものであると考えられる。
子どもの直面する「問題」には「もめ事などの原因となる出来事(トラブル)」「やっかいなことや面倒なこと(難題)」「考察や研究の対象となるもの(主題)」「問いかけて答えさせる題(課題)」などが考えられる。さらに、もめ事といった負の状況の意味合いが強い場合と、考察や研究を進めていくといった、よりよい状況を追い求めていく場合などの違いも考えられる。また、遊んでいる場面、掃除の場面、授業の場面といった、子どものおかれた状況によっても差異があると考えられる。
「 解決」についても同様に、「始末をつけること(決着)」「区切りがつくこと、片づくこと(落着)」「円滑に処理すること(処理)」「結論づけを行うこと(決定)」「解き明かして答えること(解答)」などが考えられる。つまり、子どもにとって、思い通りにすっきりと全てが解決した状態だけが解決というのではなく、例えば、友達と折り合いをつけるなど、ある程度の決着が図られた状態なども解決となる場合があると考えられる。
(2)授業における問題解決
子どもが一日の大半を過ごす学校生活の中でも、その時その時の場面によっって、これまで述べてきた意味合いの異なる問題解決がなされている。つまり、学校で行われる教育活動は、子どもにとって、全て学びの機会になっているのである。子どもの学校生活の大半を占める、各教科・道徳・外国語活動・総合的な学習の時間及び特別活動(以下:教科・領域等)の授業においても同様である。
子どもは、教科・領域等の授業においてもその他の場面と同じように、具体的な「対象」と向き合うことになる。授業の場面での問題解決は、先に述べた「考察や研究の対象となるもの(主題)」や「問いかけて答えさせる題(課題)などと深く関係してくるであろう。授業の中で子どもは、自分と「対象」とのかかわりから、心が動かされる瞬間をきっかけに「問い」をもつ。その「問い」に対して、自分が納得できるまで全力で解決しようと働きかける。その中で、これまでの経験や教科・領域等の授業で身につけたことをもとに、自分が納得できるようなよりよい解決がなされていく。このような問題解決の歩みを通して、対象に対するとらえをふくらませているのである。
こうしたことから、授業において、子ども自らの「問い」をもつことなしに、問題解決の一連の歩みが進展することはないと考える。したがって、授業における子どもの問題解決において最も大切なことは、子どもが「自分の問いをいかにもつか」ということであると考えている。
3 子どもの学びを支えていくために
(1)継続的に子どもを洞察する
「子どもの学び」は、子どもの内面でおきている。子どもの学びを具体的にとらえるためには、具体的な姿をもとに、内面を洞察してくしかない。それは、子どもの学びを支える教師にとってなくてはならない働きかけであると考えている。
子どもを洞察するとは、教科・領域等の授業におけるこれまでの子どもの姿だけでなく、日々のくらしに見られるありのままの子どもの姿をとらえ、それをもとに、今後展開されるであろう子どもの学びを総合的かつ的確に見通すことである。つまり、わたしたちは、次のような視点で子どもを洞察している。
【子どもを洞察する視点】
(1) 子どもがこれまでにどのような経験をしてきているか。
(2) 子どもが「人・もの・こと」について、現在どのようなとらえをしているか。
(3) 現在の子どものとらえが、今後どのようにふくらむ可能性があるのか。 |
しかし、子どもを洞察することは、教師の主観に大きく依存した行為であり、あくまでも、教師の描いた仮説にすぎないと考えている。そのため、子どもの具体的な姿をもとに、継続的な洞察をしたり複数の教師による洞察をすり合わせたりして、その妥当性を高めていくことがもとめられていると考える。
(2)一人の子どもの具体的な学びの展開を考える
わたしたちは、授業づくりを進める際に、具体的な子ども(以下:A児)の洞察をもとに、目指す子どもの姿や学習材、そして学びの展開(学びの展開とは、子どもが、さまざまな経験をしながら、「対象」に対する「とらえ」をふくらませていく過程である)を考えていくことを大切ににしている。A児の学びの展開を考える事は、実際の授業において、予想していなかった子どもの姿が見られたとしても、その違いを的確にとらえることになる。そうすることで、子どもの姿にあわせて学びの展開を修正することが可能になっていく。ただし、そうしたA児の洞察をもとにして考えた授業が、他の子どもたちに全員にとって、どのように位置づけられ、どのように学びを展開してくことになっていくかについても同時に考えていくことがもとめられている。
(3)教科・領域等における学習材の吟味
授業を構成する際には、教材・領域等の授業において子どもが出合うであろう学習材の吟味が大切である。学習材の吟味とは、「子どもが学習材と出合うことによって、どのような思いや願いをもったり、問いをもったりするか」、「問いをもとにした問題解決が、どのような歩みでなされていくか」ということを考えていくことである。つまり、その学習材との出合いによって、子どもがどのように学びを展開していくことになるかを見通していくことである。そして、「子どもを洞察し、教科・領域等の学習材を吟味すること」「教科・領域等の学習材を吟味し、子どもを洞察すること」の双方向からの検討をくり返ししていくことが、子どもの学びを確かにすると考えている。
(4)学び続けるために大切にしていること
子どもが学び続けるためには、これまで述べてきたようなことをふまえて構成した実際の授業を通して、「対象に対するとらえがふくらんできていることを実感すること」が大切であると考えている。この実感を積み重ねていくことが、今後も子どもが学び続ける礎になると考えているからである。こうした考えから、わたしたちはこれまで、教科・領域等における「学び続ける子ども」を「目指す子どもの姿」として設定し、教科・領域等における「大切にしたい子どもの実感」として吟味・検討を重ねてきた。
教科・領域等における「大切にしたい子どもの実感」を見ていくと、「自分をより深く見つめること」「仲間とより深くかかわり合うこと」「事物・事象に対する考えを深めていくこと」が、共通していることとして明らかになった。
(5)子どもの表現の背景をとらえ、授業の展開の修正を図る
実際の授業の場面では、子どもの表現の背景をとらえながら授業を進めていくことが大切であると考える。子どもの表現の背景をとらえるとは、子どものどのような思いや願いからなされた表現であり、それが、学びとどのようにかかわっているのかについてとらえていくことである。その際、子どもの表現に事実をありのまま受け止め、子どもの内面にある深い思いが潜んでいる部分を、教師が見極めていくことが大切である。それをもとに授業を進めていくことで、子どもの「とらえ」が明確になり、その「とらえ」が更新されていくのではないかと考える。
子どもの学びは絶えず展開されている。したがって、わたしたちは、子どもの学びを支えていくこうした一連の取り組みを大切にすることで、子どもの思いや願いをとらえた柔軟な授業が具現化され、「学び続ける子ども」が育成されると考えている。