写真

校長室だより

「恕」の気持ち(全校朝会の校長講話)

令和5年11月15日 校長 林 敏幸

【各学級で校長講話を動画にて視聴】

山形でも、初霜、初氷が観測され、季節は一気に冬らしくなってきました。登校するみなさんの服装も、暖かいものに変わりましたね。寒さに負けず、元気いっぱい生活してください。
 さて、11月に入り、多くの先生方からみなさんの学習の様子を見ていただく機会がありました。これは、2日にあった2年2組の体育の様子です。縄跳びの達人を目指し、取り組むコースを自分で選んで挑戦しました。6年2組では、ハードルをリズミカルに走り越えることを目指し、自分に合った練習場所を選んで取り組みました。授業を参観された全国の先生方が、「附属小の子どもたちはとても生き生きしている」「子どもたちも先生も一緒に楽しんでいる」とうれしそうに語ってくださいました。北海道や九州など、遠くから来られた先生方も多く「山形の附属小に来てよかった」と喜んでいました。学ぶことを楽しむみなさんの素敵な姿を見ていただくことができ、本当によかったと私もうれしくなりました。

さて、今日はもう一つうれしいことを紹介します。
 先日、学校に、ある方から次のような心温まるお電話をいただきました。

自分は、視覚障害です。毎日、山形駅から松波四丁目のバス停までバスを利用して通勤しています。今日だけではなく、附属小学校の子たちはとても優しく、うれしくなって電話をしました。今日は、附属小学校の子が、自分から私に声をかけてくれて、バスに乗るときに手をとって案内してくれました。本当にありがたいです。

この方は目が不自由なため、バスの段差がわかりにくい上、バスの中の様子も見えにくいのでしょうね。手をとって案内してくれた人は、その方のためにできることを考え、さり気なく行動に移しています。まさに、相手の気持ちを考えて行動できる「思いやりのある人」です。
 この「思いやり」は、漢字一文字で表すことができます。どんな字になるかというと…、「恕」という字になります。昔、中国の有名な思想家である孔子は、「恕」について「論語」という書物に次のように書いていました。

一生を通じてやるべきことを一語で表すとすれば、それは「恕」である。

孔子が言う「恕」(思いやり)とは、簡単に言うと「自分がされて嫌なことは相手にもしない」(「己の欲せざるところ人に施すなかれ」)ということです。これは、自分が生きている限り絶対にやり続けなければいけないことだと孔子は言っています。これをできる人は、きっと、目の不自由な方の手をとって案内してくれた友達のように、やさしい行動ができる人なのだと思います。
「思いやりの気持ち」、「恕」の気持ちをもって生活すれば、さらに笑顔いっぱいの附属小になっていきます。みなさん一人一人の行動に期待しています。
 これで私の話を終わります。