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睡眠前の照明環境が睡眠時の体温とエネルギー代謝に影響を及ぼす

掲載日:2021.06.30

筑波大学
山形大学

概要

 人工照明は白熱電球、蛍光灯を経て現在はLED照明が普及するようになりました。その一方で、人工照明が生活のリズムに与える悪影響も懸念されています。そこで本研究では、LED照明と、よりまぶしさが少ない有機EL照明について、夜間に照射する光の違いが睡眠時の体温とエネルギー代謝に及ぼす影響を検討しました。
 実験では、就寝前4時間において、LEDまたは有機ELという、波長の成分が異なる2種類の照明を用いた場合、および、光照射量を通常の約1/100に抑え薄明りにした場合の3条件を比較しました。その結果、睡眠前の4時間に有機EL照明の光を浴びた被験者は、同様にLED照明の光を浴びた被験者に比べて、入眠後1時間から7時間の間に、深部体温が下がり、エネルギー消費量も下がるとともに、その間の脂質酸化量が上がっていることが分かりました。これは、照明によって、睡眠時の体温、エネルギー代謝、脂質代謝が影響を受ける可能性があることを示しており、照明の制御が、睡眠時の正常な代謝を促すための一助になることを示唆しています。

詳しくはこちら(プレスリリース)をご覧ください。

研究の背景

 人工照明の普及により、光を浴びる時間が多くなってきました。人工照明は白熱電球、蛍光灯を経て現在はLED注1)照明の普及が進んでいます。これに伴い、人工照明は次第に短波長の光に富むものへと変遷してきました。そのため私たちの生活時間は、自然光とは周波数特性の異なる光環境、特にブルーライトとして知られている短波長光下で過ごすことが増えています。また、LED電球は、発する光の指向性が強いため、同じ明るさでも他の照明器具と比較してまぶしく感じられます。また、次世代照明技術として、有機EL注2)の開発が進んでいます。有機EL光は、LED光に比べて短波長光成分が少なく(図1)面全体で発光するため、眩しさが少ないことから、目に優しい照明として期待されています。
 このような光環境の変化は、睡眠、体内時計、内分泌や体温などの概日リズムにも影響を及ぼします。同様の影響は、ヒトだけではなく、都市に生息する野鳥などでも生じていることが知られています。近年は、人工照明の普及に起因する健康や生態系への悪影響が「光害」と呼ばれ始めています。
 光環境の違いが睡眠に及ぼす影響については、これまでも研究がなされてきました。一方、睡眠時のエネルギー代謝には個人差が大きく、睡眠中の脂肪の燃焼(脂質酸化)量の差が、将来の肥満や糖尿病などの代謝性疾患の発症に関連することを示唆する研究成果が報告されつつあります。そこで本研究では、光環境の違いが睡眠時のエネルギー代謝に与える影響を検討しました。

研究内容と成果

 本研究では、25~26歳の健常男性10人を対象とし、色温度を4000Kに揃えたLED光(1000ルクス)、有機EL光(1000ルクス)、および対照条件として薄明かり(10ルクス以下)を、それぞれ20時から24時までの4時間、座った姿勢で目の高さから当てました(図2)。その後、24時から翌朝7時まで睡眠をとってもらい、その間のエネルギー代謝と体温を、ヒューマン・カロリーメーター注3)を用いて測定しました。
 その結果、就寝前に有機EL光を照射した場合は、LED光を照射した場合に比べて、睡眠中のエネルギー消費量と深部体温の低下、および脂質酸化の増大が見られ、これらの傾向は、翌朝にも確認されました(図3)。これより、光照射が、睡眠時の体温とエネルギー代謝に影響することが示されました。
 また、実験中の被験者の尿をすべて採取し、メラトニン(体内時計に働きかけるホルモン)代謝物の濃度を測定したところ、睡眠中の脂質酸化は、夜間のメラトニン分泌と相関していました。このことから、光照射が夜間のメラトニン分泌に影響し、睡眠時の体温とエネルギー代謝の調節に関与していることが示唆されました。

今後の展開

 睡眠不足は、糖尿病や脂質異常症などの代謝疾患や肥満の発症と関連していることが、これまでの疫学的研究で指摘されています。今回の研究では、照明によって、睡眠時の体温や、エネルギー代謝、脂肪酸化等が影響を受ける、すなわち、睡眠時の正常な代謝を促すためには、照明の制御が重要な要素となる可能性を示唆しています。
 有機ELとLEDは、周波数特性だけでなく輝度(まぶしさ)も異なります。そのため、今回見いだされた体温とエネルギー代謝に及ぼす影響の違いが、有機ELが持つ周波数特性(青い光成分が少ない、緑の光成分が豊富であるなど)によるものなのか、輝度の違いによるものなのかなどを、解明する必要があります。また本研究では、10ルクス以下の薄明かりを照射した場合は、就寝前の体温の低下が早く始まることも分かっています。この現象は、体内時計の機能が後退しているヒトの矯正にも応用できる可能性を示しており、さらに研究を進めることで、多様な光環境を駆使した健康で望ましいライフスタイルの実現につながると考えられます。

参考図

図1 LED、OLED、および薄明かりの波長の分布の画像
図1 LED、OLED、および薄明かりの波長の分布

図2 本研究で使用した実験設備の画像
図2 本研究で使用した実験設備

図3 就寝前の光照射による体温の変動(* p < 0.05, *** p < 0.001 有機ELと薄明かり; # p < 0.05 LEDと薄明かり)の画像
図3 就寝前の光照射による体温の変動(* p < 0.05, *** p < 0.001 有機ELと薄明かり; # p < 0.05 LEDと薄明かり)

用語解説

注1) LED(発光ダイオード、Light Emitting Diode)
 ガリウム、窒素、インジウム、アルミニウム、リン、ヒ素などを含む無機半導体の化合物に、電荷を注入して発光させる素子。発光効率と寿命に優れる。白色LEDでは、青色LEDと黄色の蛍光体の組み合わせが多く用いらるため、青色光成分(ブルーライト)が強い傾向がある。点光源に近いため発光部の輝度が高く、他の照明よりもまぶしく感じられる特徴がある。
注2) 有機EL(Electro Luminessence)
 有機発光ダイオード(Organic Light Emitting Diode、 OLED)とも言われる。有機化合物に電荷を注入して発光させる素子。低消費電力、薄型、面発光等の他、ブルーライトが少ない、まぶしさが少ないという特徴があり、スマートフォンやテレビ等のディスプレイへの応用が進んでいる。
注3) ヒューマン・カロリメーター
 酸素摂取量と二酸化炭素産生量から、エネルギー消費量や体内で燃焼している基質の種類(脂肪や炭水化物)を測定するための代謝測定用密閉室。3〜4畳程度の床面積の室内には机、トイレ、寝台等があり、食事は二重扉を介して外部から供給される。呼気を採取するためのマスク等を装着する必要がなく、食事中や睡眠時も含めた長時間のエネルギー代謝測定(エネルギー消費量、炭水化物酸化量、脂質酸化量、呼吸量など)が可能となる。
 筑波大学ではこれまでに、このような装置を用いて、睡眠と代謝が密接な関係にあることを明らかにしている。

研究資金

本研究は、科研費(JP 20H04120)、JSTセンター・オブ・イノベーション(COI)プログラム(JPMJCE1312)の支援により行われました。

掲載論文

【題 名】  Metabolic responses to polychromatic LED and OLED light at night
(波長特性の異なるLEDと有機ELの夜間照射が睡眠時エネルギー代謝に及ぼす影響)
Asuka Ishihara, Insung Park, Yoko Suzuki, Katsuhiko Yajima, Huiyun Cui, Masashi Yanagisawa, Takeshi Sano, Junji Kido, Kumpei Tokuyama.
【掲載誌】  Scientific Reports
【掲載日】  2021年6月11日
【DOI】  10.1038/s41598-021-91828-6

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