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ブナの成長を制御する根の役割 ~根に始まり、根に終わるブナの命~

掲載日:2023.01.11

発表のポイント

たちは、ブナの芽生え~成木に至る377本で、1本毎の根への重量・表面積・呼吸の配分を正確に実測し、根と地上部のトレードオフ関係※1が個体成長に果たす役割を世界に先がけてモデル化しました。
モデルは、根が地上部と個体の成長を加速、減速して成長をシグモイド型2)に制御するメカニズムを示します。
このモデルにより、成長に応じ変化する根の役割から森林の成長、動態、炭素固定能、育成技術を検討できます
 
 詳しくは、こちら(プレスリリース資料)をご覧ください。

概要

 根があってはじめてブナは光合成を行い、成長できます。しかし、根と地上部へのエネルギーの配分比率が芽生え~成木でどの様に変化するか不明でした。そこで、私たちは、ブナの芽生え~成木に至る377本で根と地上部全体の重量、表面積、呼吸を実測しました。まず種子が発芽すると、双葉(種子)の貯蔵エネルギーのほとんどは根へ優先的に配分され、低いコスト(呼吸)で根の表面積を急速に高めて水や肥料分を効率的に吸収します。これに先導されて地上部へのエネルギー配分が徐々に増加し、個体成長は加速します。このようにブナは水獲得型から炭素獲得型に根系と地上部への配分を変化させました。成長して大きくなり、根へのエネルギー配分が小さくなると、水の取り込みと炭素の獲得の間に不均衡が生じ、結果として樹木全体の成長は低下するようです。
 私たちは、ブナの一生が「根に始まり、根に終わる」ことを示す根と地上部のトレードオフ関係を世界に先がけモデル化しました。本結果は、これまで地上部の光合成に着目して進められてきた成長・炭素固定メカニズム解明に、地下に隠れた根の役割を考慮する必要性を示します。本結果は、1887年創刊のイギリスの植物学年報(Annals of Botany)に 令和4年12月26日に掲載されました。以上は、山形大学農学部の森茂太客員教授、黒澤陽子博士とCITA (Spain)、森林総合研究所、筑波大学、帯広畜産大学、北海道大学の共同研究で行われました。

背景

 地球温暖化の防止のため、森林成長による炭素貯留が期待されています。しかし、従来の樹木成長理論では、主に地上部の炭素固定能力や成長のみが着目されており、その地上部を陰で支えている根の役割に着目した研究は非常に限定的でした。これは、根の活力指標となる呼吸の測定が大型樹木では困難なためです。

研究手法・研究成果

 私たちはブナの芽生え~成木の個体呼吸の変化を、根と地上部に分けて実測する方法を開発しました(図1)。この方法で、枯死寸前を含むあらゆる健康状態のブナを対象に、呼吸が成長に応じて変化する様子を実測しました。その結果、乾燥に弱い芽生えは、地上部の双葉(種子)の貯蔵エネルギーの大半を根に急速配分して、水を獲得しやすくなります(図2)。ようやく根を充実できた稚樹は、肥料分を効率よく地上に行き渡らせます。その後、なんとか若木に育つと、ブナは炭素を獲得しやすくなり成長を加速します。時がたち大木になるにつれ、根へのエネルギー配分は低下して、樹木の地上部分と全体の成長を低下させます。一見して立派な大木が倒れる原因は根にあるのかもしれません。
 このように、「ブナの命は根に始まり、根に終わる」ことを示す根と地上部のトレードオフ関係のモデル化に成功しました。また、系統や環境の異なる日本各地のブナ個体でもほぼ同じ傾向でした。さらに、驚いたことに、著者らがこれまで測定してきた熱帯やシベリア等の樹木の個体呼吸の測定結果(Mori et al., 2010)と本結果はほぼ同じでした。これは、あらゆる樹木に統一的な成長制御が、根系/地上部のエネルギー(呼吸)に依存することを示すものです。参考文献:Mori et al. (2010) Mixed-power scaling of whole-plant respiration from seedlings to giant trees. PNAS 107:1447-1451.

今後の展望

 森林育成には根を育てることが経験的に重要とされていますが、これを説明する理論はありませんでした。本研究結果は、根に着目した新たな樹木成長理論の可能性を示します。さらに、これまで成長メカニズムは主に地上部から検討されてきました。しかし、樹木の成長や適応進化は葉1枚の生理学的適応ではなく、根を含む個体全体の水と炭素の獲得で決まります。この点で、光合成を支える根の役割を個体全体でモデル化したことは、従来の森林研究、育成技術に「根が制御する成長」の新視点を加え、カーボンニュートラルに果たす森林の根の育成の重要性を示す成果と言えるでしょう。

図1.(A)根全体を重機と人手で徹底的に採取、(B)全ての根を測定装置に入れる、(C)密閉後の呼吸測定
 芽生え~成木に対応した大小10個の装置を作成し、内部に材料を密閉しCO2濃度上昇を直接測定することで呼吸を評価します。再現性は高く、正確な測定ができます。測定は夏に行い、呼吸は同じ温度条件で比較します。の画像
図1.(A)根全体を重機と人手で徹底的に採取、(B)全ての根を測定装置に入れる、(C)密閉後の呼吸測定
 芽生え~成木に対応した大小10個の装置を作成し、内部に材料を密閉しCO2濃度上昇を直接測定することで呼吸を評価します。再現性は高く、正確な測定ができます。測定は夏に行い、呼吸は同じ温度条件で比較します。

図2.芽生え~成木の根への呼吸(赤実線)、生重量(黒破線)、表面積(青実線)の配分シフト
成長初期に根の表面積は急速上昇しますが、呼吸の上昇は小さく、呼吸(コスト)を抑えて根の表面積を増加させます。の画像
図2.芽生え~成木の根への呼吸(赤実線)、生重量(黒破線)、表面積(青実線)の配分シフト
成長初期に根の表面積は急速上昇しますが、呼吸の上昇は小さく、呼吸(コスト)を抑えて根の表面積を増加させます。

用語解説

1. トレードオフ関係:根系への配分が増えると地上部への配分が減る関係。あるいは、その逆の関係。
2. シグモイド型成長:芽生えは緩やかに成長し、若木では加速し、成木で再び緩やかになりS字型となる成長。

掲載雑誌

著者: 黒澤陽子・森茂太・王莫非1)・Juan Pedro Ferrio2)・西園朋広3)・山路恵子4)・小山耕平5)・春間俊克6)・土山紘平4). ( 1山形大学・農学部、2) Agrifood Research and Technology Centre of Aragon (CITA, Spain)、3) 国立研究開発法人森林研究整備機構森林総合研究所・森林管理研究領域、4) 筑波大学・生命環境系、5) 帯広畜産大学・環境農学研究部門(現、北海道教育大学旭川校)、6) 北海道大学・大学院工学研究院)
表題: Ontogenetic changes in root and shoot respiration, fresh mass, and surface area of Fagus crenata
雑誌: Annals of Botany   URL:  https://doi.org/10.1093/aob/mcac143
発行: 2022年12月26日

助成

 本研究は科学研究費補助金の(18K06406, 19H02987,19H01161)の助成を受けて行われました。

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