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林床植物は共生する菌類にも炭素源を依存しているか? 近年海外で発表された見解の再検証

掲載日:2022.03.22

山形大学
帯広畜産大学
弘前大学

本件のポイント

  • 近年、多くの林床植物が、菌根菌からも炭水化物を得る「部分的菌従属栄養」である可能性が指摘され、注目を集めている。炭素などの安定同位体を多く含むことが、その重要な根拠とされてきた。
  • 今回、従来よりも多角的な検証により、安定同位体で区別できる林床植物が部分的菌従属栄養であるとは必ずしも言えないことが示された。
  • 本研究により、光の乏しい森林内であっても、部分的菌従属栄養の植物種は少数である可能性が高まったと考えられるが、さらなる検証が待たれる。

概要

 植物は、基本的には「独立栄養」であり、自身が光合成でつくる炭水化物からエネルギーを得ています。しかし近年、光の乏しい森林内に生育するシュロソウ科やキンポウゲ科など多くの林床植物が、根で共生する菌類からも炭水化物を得る「部分的菌従属栄養」である可能性が指摘され、注目を集めています。周囲の植物に比べて炭素などの安定同位体(13C)を多く含むことが、部分的菌従属栄養の重要な根拠とされてきました。しかし今回、山形大学の富松 裕 教授らの研究グループは、北海道の夏緑樹林に生育する植物27種と菌類を対象として従来よりも多角的な検証を行い、安定同位体で区別できる林床植物が部分的菌従属栄養であるとは必ずしも言えないことを示しました。本研究の成果は、植物学の国際誌New Phytologistにオンライン掲載(2022年3月9日)されました。

背景

 大多数の植物は根で菌類と共生し、菌根(菌と根の複合体)を形成しています。植物と菌根をつくる菌類は「菌根菌」と呼ばれ、菌根の形態などから、アーバスキュラー菌根菌1(= AM菌)や外生菌根菌2など、幾つかのグループに分類されています。
 植物は、自身が光合成でつくる炭水化物を菌根菌に提供し、その代わりに菌根菌が土壌中から集めた窒素やリンなどの無機栄養分を受け取ることで、共生関係が成り立っていると考えられています。しかし、外生菌根菌と共生するラン科やツツジ科イチヤクソウ亜科では、自身の光合成によるだけでなく、菌根菌からも炭水化物を得る「部分的菌従属栄養」の植物が広く存在することが明らかになっています。これらは、独立栄養の植物と外見では区別できませんが、植物体に含まれる安定同位体の存在比で区別することができます。外生菌根菌は、共生する宿主植物に比べて炭素の安定同位体比3(δ13C)が5~8 ‰ も大きい(13Cを多く含む)ことから、両者の中間的なδ13Cを示す植物は、炭素源を菌に依存していることが分かります。森林では、主に樹木が菌根菌に炭水化物を供給しているため、部分的菌従属栄養であるラン科やイチヤクソウ亜科の植物は外生菌根菌を介して、周囲の樹木が光合成でつくる炭水化物を間接的に得ていると言えます(図1)。
 一方、大多数(約7割)の植物はAM菌と共生しているにも関わらず、AM菌に炭素源を依存する部分的菌従属栄養の植物がどのくらい広く存在するかについては、よく分かっていません。しかし近年、ドイツやデンマークの研究チームにより、Paris型菌根4をつくる林床植物の多くがAM菌から炭水化物を得ている可能性が指摘され、注目を集めています。その根拠として(1)光合成を行わず、炭水化物の全てをAM菌に依存する「完全菌従属栄養」の植物と類似した菌根をつくること、(2)炭素や窒素、水素の安定同位体を多く含む植物はParis型菌根をつくることの2点が重要視されており、これまで部分的菌従属栄養だとされた植物には、シュロソウ科ツクバネソウ属やキンポウゲ科イチリンソウ属など、夏期には光が乏しくなる夏緑樹林(落葉広葉樹林)の林床で生育する植物が多く含まれています。

 詳しくはこちら(プレスリリース資料)をご覧ください。

研究手法・研究成果

 山形大学大学院理工学研究科(当時)の加藤(村田)怜さんと同大学学術研究院の富松 裕 教授らの研究グループは、北海道の夏緑樹林に生育する植物27種を対象として、安定同位体比を手がかりに部分的菌従属栄養の林床植物を特定できるのか、従来よりも多角的な検証を行いました。その結果、(1)安定同位体比の大きな(13Cや15Nを多く含む)林床植物はParis型菌根をつくる種に限らないこと、(2)δ13Cの値をもとに「炭素源をAM菌に依存する割合」を推定すると100 % 近くになる植物種がいくつも存在し、これらの植物の光合成能力を考えると非現実的であることを示しました。光合成でつくられる炭水化物のδ13Cは、気孔から吸収した二酸化炭素の安定同位体比と、光合成の過程を通じた安定同位体比の変化によって影響を受けるため、独立栄養の植物でも種によって異なる値を示します。また今回、土壌からAM菌の胞子を単離して安定同位体分析を行ったところ、AM菌と独立栄養の林床植物との間でδ13Cに3 ‰ 程度の違いしか見出せなかったことから、安定同位体比だけをもとに林床植物が部分的菌従属栄養であるかを判断するのは困難だと考えられました(図2a)。
 さらに、シュロソウ科のオオバナノエンレイソウ(1頁目写真)を対象として、本種が部分的従属栄養だと言えるか、別の角度から検証を行いました。オオバナノエンレイソウはParis型菌根をつくり、他種に比べて安定同位体比が大きな(13Cや15Nを多く含む)林床植物です。検証の結果、光が乏しい場所に生育する個体ほど、AM菌との共生関係が弱いことが分かりました(図2b)。これは、植物とAM菌の共生関係が、植物における無機栄養分の要求量に応じて制御されていることを示しており、部分的菌従属栄養性から期待されるパターン(暗い場所ほどAM菌と密接に共生する)とは異なっていました。以上の結果などから、安定同位体比で区別できる林床植物が部分的菌従属栄養であるとは必ずしも言えないことが示唆されました。

今後の展望

 植物が自身でも光合成を行いながら、菌根菌にも炭素源を依存する部分的菌従属栄養性は、植物の生き方について根本的な見直しを迫る問題です。今回の研究から,光の乏しい夏緑樹林の林床であっても、部分的菌従属栄養の植物はランやイチヤクソウといった一部に限られる可能性が高まったと言えますが、さらなる検証が待たれます。


※用語解説

  1. アーバスキュラー菌根菌:ケカビ門グロムス亜門の菌類で、71 % の維管束植物と共生し、アーバスキュラー菌根をつくる。
  2. 外生菌根菌:担子菌門や子嚢菌門の菌類で、主にブナ科やマツ科などの樹木と共生し、外生菌根をつくる。大きな子実体(きのこ)をつくるため、テングタケやマツタケなど、よく知られている種も多い。
  3. 安定同位体比:炭素や窒素を含む化合物には、それぞれ質量数の異なる同位体が存在する。例えば、地球上に存在する炭素のほとんどは12Cだが、13C(安定同位体)が約1%の割合で存在している。安定同位体比とは、定められた標準物質における安定同位体の存在比(炭素なら13C/12C)に比べて、目的試料中の存在比がどのくらい異なるかを千分率(‰)で表したものである。
  4. Paris型菌根:アーバスキュラー菌根のうち、根の皮層細胞内で菌糸が渦を巻くコイル(coil)と呼ばれる構造体をつくるものを言う。ツクバネソウ属(Paris)の植物で見られることから名付けられた(右の写真はオオバナノエンレイソウのParis型菌根;バーは20μm)。

※掲載情報

  • 雑誌:New Phytologist (Early View) https://doi.org/10.1111/nph.18049
  • 題名:Partial mycoheterotrophy in green plants forming Paris-type arbuscular mycorrhiza requires a thorough investigation
  • 著者:加藤(村田)怜1,佐藤莉咲1, 阿部繁樹 2, 橋本靖3, 山岸洋貴4, 横山潤2, 富松裕21 ⼭形⼤学大学院理工学研究科, 2山形大学理学部, 帯広畜産大学環境農学研究部門, 4 弘前大学農学生命科学部)

※助成
 
本研究の一部は、日本財団笹川科学研究助成(2018-5003 代表者:村田 怜)ならびにJSPS科研費 挑戦的研究(萌芽)「アーバスキュラー菌根ネットワークから有機炭素を得る林床植物の網羅的探索」(18K19356 代表者:横山 潤)の助成を受けて行われました。

関連サイト

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