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外来種・ハクビシンは種子散布によって生態系を補強する ~冷温帯林における複合的な種子散布プロセスの評価から~

掲載日:2022.12.08

本件のポイント

  • 日本でみられるハクビシン(注1)は熱帯から導入された外来種であるが、山形県をはじめとした多雪地にも近年になって分布を広げ、個体数を増加させている。
  • 本来の生息地とは異なる冷温帯林でも、ハクビシンは20種におよぶ在来植物の果実(液果)を採食し、種子を糞とともに運搬・散布していた。
  • ハクビシンの糞とともに排泄される種子は、コガネムシ(注2)によって効率的に土壌に埋められ、埋土種子(注3)として保存されやすいことも明らかになった。
  • ハクビシンは冷温帯林においても有効な種子散布者となり、過去に傷ついた生態系を補強する機能をもっている可能性が示唆された。

概要

 北日本で広くみられる冷温帯林において、過去の森林開発や乱獲により、森林内で植物の種子散布に貢献するクマやサルなどの大型哺乳類、さらには中型食肉目(注4)の分布は強く影響を受けてきた。一方で、熱帯由来の中型食肉目である外来種ハクビシンは、2000年以降、多雪を伴う冷温帯林にも分布を急速に広げている。本研究では、ハクビシンが本来の生息地とは異なる冷温帯林にもたらす生態学的な影響を、種子散布に注目して包括的に評価した。その結果、ハクビシンは冷温帯林において20種におよぶ植物の果実(液果)を採食し、それらの種子を運ぶ散布者となっていることが明らかになった。また、ハクビシンに発信機を取り付けて、行動追跡したところ、運ばれた種子は、それらの生育に適した森林に排泄(散布)されている可能性が推察された。さらに、ハクビシン糞には多くのコガネムシが集まることも観察された。これは、ハクビシンを介して運ばれた種子は、コガネムシによって土中に埋め込まれ、埋土種子として保存されやすいことを意味する。このことから、ハクビシンは種子散布を通して、人為により傷ついた生態系を補強している可能性が考えられる。
【掲載雑誌】Acta Oecologica(フランスで発刊される生態学を対象とした国際学術誌)

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背景

 動物に種子を含む果実を食べさせることで、分布を広げ、子孫を残す植物は多い。これは、日本で広くみられる冷温帯林(ブナやミズナラを中心とした森林)でも同じである。しかし、種子散布に貢献するクマやサルなどの大型の哺乳類、さらには果実を好む中型食肉目の分布は、過去の大規模な森林開発や乱獲の影響を受けてきた。その一方で、江戸時代頃に台湾から人為的に導入されたと考えられている中型食肉目・ハクビシンは、2000年以降、多雪を伴う冷温帯林にも分布を急速に広げている。こうした外来種ハクビシンが、本来の生息地とは異なる冷温帯林において、どのような生態学的な影響をもたらしうるかはこれまで知られていなかった。

研究手法・研究成果

 ハクビシンが冷温帯林に及ぼす生態学的な影響を明らかにするために、本研究では「種子散布」に注目し、その包括的な評価を行った。ここでは、ハクビシンが果実(液果)の採食を通して運びうる植物種を野外調査と文献調査から明らかにすると同時に、種子の散布場所(糞の排泄場所)についても本種の行動追跡により評価した。また、散布後の種子の行方(運命)についても注目した。種子は哺乳類に運搬・排泄されただけでは、その9割程度がネズミ(種子を食物とする動物)によって捕食されることが知られており、捕食を回避するために土中への避難(「二次散布」と呼ばれる)が必要なためである。そこで、種子の二次散布者として優れた役割を持つコガネムシによる、ハクビシン糞の利用実態を、在来の中型食肉目であるタヌキの糞と比較することで評価した。
 その結果、ハクビシンは、本来の生息地とは異なる冷温帯林においても、20種におよぶ植物の果実(液果)を採食し、それらの種子を運ぶ有効な散布者となっていることが明らかになった。また、外来種としてのハクビシンは、人工的な建物内(家の屋根裏など)に糞をすることが多いとこれまで考えられてきたが、実に9割の糞は森林内で排泄されている可能性が高いことも行動追跡から推察された。さらに、多量の種子を含むハクビシン糞には、比較対象とした在来食肉目であるタヌキの糞よりも、多くのコガネムシが集まることが観察された。これは、ハクビシンを介して散布された種子はコガネムシによって土中に埋め込まれ、埋土種子として保存されやすい傾向があることを意味する。このことから、外来種ハクビシンは種子散布を通して、過去の人為的攪乱により傷ついた生態系を補強する機能を有している可能性が考えられた(補足1)

謝辞

 本研究は日本学術振興会・科学研究費補助金(研究課題番号:26701007および20K06089)、および富山市ファミリーパークからの研究協力(糞サンプルの提供)により実施された。

掲載論文の詳細

著者:小野寺壯太(山形大学大学院農学研究科修士課程)・江成はるか(山形大学農学部客員准教授)・江成広斗(山形大学教授・責任著者)
タイトル:Multiphase processes of seed dispersals via masked palm civets as a non-native species in cool-temperate forests of northern Japan(和訳:北日本の冷温帯林における外来種ハクビシンを介した複合的な種子散布プロセス)
掲載雑誌:Acta Oecologica
巻号 117巻、論文番号103872
公開日:2022年11月3日

用語解説・補足

(注1)ハクビシン:東日本に現在分布しているハクビシンは、主に台湾西部から、人為的に持ち込まれた可能性が遺伝学的研究により明らかにされている。

(注2)コガネムシ:食糞性のコガネムシの一部(「埋め込み屋」と呼ばれるタイプ)は、哺乳類の糞を食物や産卵場として利用するために、土中に埋め込む(その深さは5~30センチ程度)。その結果、糞の中の種子は土中に埋め込まれることになり、ネズミの捕食を回避できる。浅い土中に埋め込まれた種子はそのまま発芽するが、深く埋め込まれた種子は埋土種子となって長期保存される場合がある。

(注3)埋土種子:種子は、一定の湿度・温度が保たれる土中深くに埋め込まれると、発芽能力を残したまま休眠する場合があり、それらを埋土種子と呼ぶ。何らかの攪乱(たとえば台風に伴う倒木や洪水)が生じて、埋土種子が地上近くに移動すると、発芽する。攪乱に対する森林の回復力を維持するために埋土種子は不可欠であり、森林の再生材料とも呼ばれる。

(注4)中型食肉目:種子散布に貢献する大型哺乳類が不在または低密度の森において、中型食肉目が主要な種子散布者として代替的な機能を果たすことが知られている。一方で、日本の森林において、過去の森林開発や狩猟圧の高まりによって、一部地域において中型食肉目(アナグマ・テン・イタチ・キツネなど)の分布が脆弱な地域がみられている。

(補足1)この研究成果をもとに、「外来種であるハクビシンの定着や個体数増加を社会的に容認すべきである」ことを主張することが著者らの意図ではない。ただし、過去の人為的な影響によって、種子散布者となる在来哺乳類が脆弱な森林があるという事実を直視すると、生物多様性保全の文脈において、「外来種の一方的な排除」以外の柔軟な選択性を考える社会的議論の契機となることを期待して、本論文を執筆した。

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