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高性能電解質材料におけるプロトン導入反応の活性サイトを世界初解明 ~中温で動作する固体酸化物形燃料電池の開発を加速~

掲載日:2023.03.16

ポイント

  • 酸化物におけるプロトン伝導発現の起源となる局所構造の同定は、1981年にプロトン伝導体が発見されて以来、未解明の難問
  • 高性能固体電解質材料におけるプロトン導入活性サイトを世界で初めて発見
  • 今後、局所構造最適化による中温動作固体酸化物形燃料電池電解質の加速的開発に期待

概要

 九州大学エネルギー研究教育機構(Q-PIT)および大学院工学府材料物性工学専攻の星野健太博士(研究当時)、兵頭潤次特任助教、山本健太郎特任助教(研究当時)、山崎仁丈教授の研究グループと山形大学学術研究院の笠松秀輔准教授は、九州シンクロトロン光研究センターの瀬戸山寛之博士およびあいちシンクロトロン光センターの岡島敏浩副所長らと共同で、400℃動作固体酸化物形燃料電池(SOFC)注1)の電解質として期待されているプロトン(H+)伝導性酸化物注2)において、プロトン導入反応が起きる局所構造(活性サイト)を明らかにしました。これは、実験とデータ科学、計算科学を融合することにより、世界で初めて得られた研究成果です(図1)。本研究で得た知見をもとに、局所構造の最適化を基盤とした新たな材料設計戦略を立てることで、プロトン伝導性電解質や中温動作固体酸化物形燃料電池の開発が大幅に加速されることが期待されます。
 アクセプター注3)置換したペロブスカイト酸化物注4)は、水蒸気を取り込み材料中にプロトンを導入することで、高いプロトン伝導性を示すことが知られています。水和反応はプロトン伝導発現の起源となる反応であるため、水和反応を活性化する局所構造の同定は、1981年にプロトン伝導体が発見されてからこれまで数々の研究者が挑戦してきた難問ですが、局所構造を実験的にプローブできるX線吸収分光法や固体核磁気共鳴法(NMR)の適用が室温環境に限定されていたため、今日まで未解明のままでした。
 本研究グループは、ペロブスカイト酸化物の中でも既報の中で最高レベルのプロトン伝導性と化学的安定性を兼ね備えたSc置換ジルコン酸バリウムに着目し、放射光を用いたその場注5)水和実験、スーパーコンピュータと機械学習を活用した大規模シミュレーションおよび精密熱重量分析を組み合わせることにより、水和反応を活性化する材料中の局所構造を多角的に調査しました。その結果、スカンジウム(Sc)とジルコニウム(Zr)および二つのScに挟まれた酸素欠損欠陥が水和反応の局所活性サイトであることを特定し、その温度依存性を明らかにすることに成功しました。
 本研究成果は、2023年3月14日に米国化学会の国際学術誌「Chemistry of Materials」のオンライン速報版で公開されました。

 詳しくは、こちら(リリースペーパー)をご覧ください。

(図1)放射光を用いたその場水和実験、スーパーコンピュータと機械学習を用いた大規模シミュレーションおよび精密熱重量分析を組み合わせることによって、Sc置換ジルコン酸バリウムにおけるプロトン導入活性サイトを同定。の画像
(図1)放射光を用いたその場水和実験、スーパーコンピュータと機械学習を用いた大規模シミュレーションおよび精密熱重量分析を組み合わせることによって、Sc置換ジルコン酸バリウムにおけるプロトン導入活性サイトを同定。

研究の背景

 固体酸化物形燃料電池(SOFC)は、水素燃料から二酸化炭素を排出することなく発電する電気化学デバイスであり、SDGs(持続可能な開発目標)実現の中核を担うと期待されています。「エネファームType S」として実用化されていますが、依然として高価であり、材料コスト低減を目的とした300~450℃発電を目的とした中温動作型SOFCの開発競争が世界的に繰り広げられています。従来用いられている酸化物イオン伝導性電解質は700~1000℃という高温においてのみ高いイオン伝導性を示すため、目標動作温度である300~450℃において高いイオン伝導性を示す新規電解質材料の開発が求められています。このような材料として期待されているものが、プロトン伝導性を示すペロブスカイト酸化物です。山崎教授らのグループはこれまでに、ペロブスカイト酸化物の一種であるジルコン酸バリウムBaZrO3のZrサイトを高濃度のScで置換することで、400℃において長期化学的安定性を有する材料として世界最高となる0.01 S/cmのプロトン伝導度を示す高性能電解質の開発に成功しています。
 水和反応はプロトン伝導発現の起源であるため、多くの研究者が反応活性サイトを同定しようとしてきました。ジルコン酸バリウムBaZrO3のZrサイトをScで置換したペロブスカイト酸化物(図2)を例にすると、存在する3種類の酸素欠損欠陥(Sc-Vo-Sc、Sc-Vo-Zr、Zr-Vo-Zr (Voは酸素空孔)、図 3)の中でどれがプロトンを導入しているのか知りたかったのですが、1981年のプロトン伝導体の発見から今日まで未解明のままでした。その理由の一つは、水和反応に伴う局所構造変化が温度や水蒸気分圧(湿度)に依存するにも関わらず、局所構造を実験的にプローブできるX線吸収分光法注6)や固体核磁気共鳴法注7)(NMR)の適用が温度・水蒸気分圧一定の条件に限定されていたことにあります。シミュレーション研究も行われてきましたが、これまで行われていた理論研究のほとんどが絶対零度(マイナス273℃)における計算であったため、水和反応が起きる高温の局所構造変化をモデル化できていませんでした。また、水和反応が関与する高濃度ドーパント、酸素空孔およびプロトンの組み合わせ爆発にも対応できていませんでした。

(図2) ペロブスカイト酸化物の結晶構造の画像
(図2) ペロブスカイト酸化物の結晶構造

(図3) 水和反応サイトの候補となる局所構造の画像
(図3) 水和反応サイトの候補となる局所構造

研究成果

 本研究では、Scを置換したジルコン酸バリウムBaZr1-xScxO3-0.5xを対象に、SAGA-LS注8)のシンクロトロン放射光を用いて中温度域で水和反応を起こしながら局所構造解析を行うその場X線吸収分光実験を行うことにより、プロトン導入に伴うScおよびZr近傍の局所構造変化を追跡することに世界で初めて成功しました。これにより、ScおよびZrの両方に隣接する酸素欠損空孔が存在し、いずれも水和反応の活性サイトであることを実証しました。さらに、スーパーコンピュータを活用した大量第一原理計算注9)データに対して、能動的機械学習注10)とレプリカ交換モンテカルロ法注11)を組み合わせる手法を開発し、東京大学物性研究所スーパーコンピュータOhtakaを用いることで、約1000万通りの欠陥配置を考慮して、水和反応に関与する局所構造の温度依存性を計算しました(図4)。この計算予測結果を、プロトン濃度および局所構造実験データと注意深く突き合わせることで、水和反応の初期段階においてSc-Vo-Zrサイトの活性が最も高く、そのサイトが減少するに従いSc-Vo-Scサイトの水和反応が支配的になることを明らかにしました。

(図4) 熱重量分析で計測した温度ごとの水和量に対応するシミュレーション結果。黄色い球が大きいほどそのサイトで水和反応が起こりやすいことを示す。の画像
(図4) 熱重量分析で計測した温度ごとの水和量に対応するシミュレーション結果。黄色い球が大きいほどそのサイトで水和反応が起こりやすいことを示す。

(図5) 実験とシミュレーションによって明らかにされた水和活性酸素欠陥サイトの画像
(図5) 実験とシミュレーションによって明らかにされた水和活性酸素欠陥サイト

今後の展望

 本研究で明らかになったプロトン伝導発現に関する基礎理解から、材料中のナノ構造の最適化を基盤とした新たな材料設計戦略の提案や、広い温度領域で高いプロトン伝導性を示す安定な酸化物材料の開発へとつながることが期待されます。

用語解説

注1) 固体酸化物形燃料電池(SOFC)
 固体酸化物を電解質として用いた燃料電池。SOFC固体酸化物形燃料電池の英語名 (Solid Oxide Fuel Cells) の頭文字を取った略称。さまざまな燃料電池の種類の中で、最も高いエネルギー変換効率を有することが知られている。ただ、一般に固体酸化物は700~1000℃という高い動作温度でないと高いイオン伝導性を示さず、構成する材料が高価なものに制限される。動作温度を下げることで、材料コストや運転コストの低減が期待できる。燃料電池は水素と酸素を利用した次世代の発電システムであり、水の電気分解と逆の原理によって高効率に発電することができる。

注2)プロトン伝導性酸化物
 プロトン(H+)伝導性を有する酸化物。

注3)アクセプター
 注目している元素の酸化数より小さな酸化数を有する元素。 

注4)ペロブスカイト酸化物
 一般式ABO3で表され、結晶構造立方体単位格子の頂点にA原子、面の中心に酸素原子、体心にB原子を配置した結晶構造を有する酸化物(図2に示す結晶構造)。A,Bサイトのホスト構成原子や、一部を異種元素で置換することでイオン伝導性、電子伝導性、強誘電性、触媒活性などの機能を発現できる。 

注5)その場
 実際に材料が利用されるような温度、湿度などの条件下で行う計測実験のことをその場計測やその場実験などと呼ぶ。

注6)X線吸収分光法
 強いX線を物質に当てて、透過してきたX線のエネルギー分布を調べることで、物質の内部構造を調べる方法。 

注7)核磁気共鳴法
 強い磁場中に置かれた原子核に電磁波を照射すると、その原子核の置かれた環境に固有の周波数の電磁波の吸収や放出が起こるが、これを観測することで物質の内部構造を調べる手法。 

注8)SAGA-LS
 佐賀県立九州シンクロトロン光研究センターに設置されたシンクロトロン放射光を用いた産業利用・各種研究を目的とした施設。シンクロトロン放射光とは、電場によって光速近くまで加速された荷電粒子が磁石で曲げられたときに発生する光のことで、SAGA-LSでは電子を14億電子ボルトまで加速して発生する光を利用する。 

注9)第一原理計算
 量子力学の原理に基づいて、与えられた原子構造のエネルギーや原子間力、その他物性値を計算する手法のこと。 

注10)能動的機械学習
 与えられた訓練データの特徴を学習することで、何らかのタスクを高速、高精度に実行するための数理統計的手法を機械学習と呼ぶ。ここでは、原子配置と第一原理計算で得られるエネルギーの関係を学習し、実際に第一原理計算を行うより10000倍高速にエネルギー予測を行うために機械学習を用いている。機械学習による予測は、学習済みの入力範囲を外れると精度が著しく低下する。そこで、学習範囲を逸脱したことを検知し、訓練データを自動で拡充する方法を能動的機械学習、あるいは能動学習と呼ぶ。 

注11)レプリカ交換モンテカルロ法
 計算材料科学の分野におけるモンテカルロ法は、計算機上で仮想的なサイコロを振りながら次々と原子配置を生成し、そのエネルギーに基づいて、熱平衡状態に対応した構造をサンプリングしていく手法のことを指す。低い温度を設定した場合は低いエネルギーを持つ構造が優先的にサンプリングされ、高い温度を設定した場合は高いエネルギーを持つ構造もサンプリングされるようになる。さらに、【レプリカ交換】モンテカルロ法では、低温から高温に至る複数の温度に対するサンプリングを同時に行い、それらを混合することで、通常のモンテカルロ法より効率的にサンプリングを行うことができる。

謝辞

 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR18J3)、JST創発的研究支援事業(JPMJFR2037)、科学研究費補助金(JP15H02287、JP18H01694、JP19K15287)および九州大学エネルギー研究機構モジュール研究プログラムの支援を受けました。

 

論文情報

タイトル: Probing Local Environments of Oxygen Vacancies Responsible for Hydration in Sc-doped Barium Zirconates at Elevated Temperatures: In Situ X-ray Absorption Spectroscopy, Thermogravimetry, and Active Learning Ab Initio Replica Exchange Monte Carlo Simulations
著 者 名: Kenta Hoshino, Shusuke Kasamatsu, Junji Hyodo, Kentaro Yamamoto, Hiroyuki Setoyama, Toshihiro Okajima, Yoshihiro Yamazaki
掲 載 誌:Chemistry of Materials
DOI:10.1021/acs.chemmater.2c02116

山崎仁丈教授からひとこと

 現代の実験科学、情報科学および計算科学の知見を総動員することで、プロトン伝導体発見以来40年以上未解決だった難問を解くことができました。

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