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原始菌類からミトコンドリアウイルスの古代系統を発見 ~ミトコンドリアウイルスの起源に迫る~

掲載日:2023.05.15

ポイント

○ 原始的な植物共生菌が、進化的に最も古い系統のミトウイルスと独占的に共生していることを発見。
○ ミトウイルスは多様な生物のミトコンドリアに共生し、宿主のストレス耐性向上などに関与。
○ 原始菌類における古代系統の発見が、ミトウイルスの起源や進化の解明に繋がることに期待。

 詳しくは、こちら(リリースペーパー)をご覧ください。

概要

  北海道大学大学院農学研究院の江澤辰広准教授及び丸山隼人助教、トリノ大学生命科学部のルイーザ・ランフランコ教授及びアレッサンドロ・シルベストリ研究員、イタリア国立研究機構植物保護研究所のマッシモ・トゥーリナ博士、山形大学農学部の俵谷圭太郎教授らの共同研究グループは、植物共生菌であるアーバスキュラー菌根菌が、ミトコンドリアに感染する唯一のウイルスである「ミトウイルス」の中でも進化的に最も古いグループと独占的に共生していることを発見しました。
 ミトコンドリアは、全ての真核生物においてエネルギー代謝の中枢を担う細胞小器官であり、ミトウイルスは植物や菌類、昆虫のミトコンドリアに広く分布しています。このウイルスは細菌ウイルス(バクテリオファージ)を起源としてミトコンドリアのウイルスへと進化したと言われています。このウイルスはミトコンドリアから外に出ることはなく、通常はミトコンドリアの分裂に伴って次世代へと受け継がれていきますが、稀にまったく別の生物に伝搬することもあります。このウイルスの感染により植物病原菌では病原性が低下したり、植物ではエネルギー代謝の亢進を通じて乾燥耐性が向上したりします。
 今回、ミトウイルスの古代系統が共生していることが分かったアーバスキュラー菌根菌は、約4億年前、海洋で暮らしていた植物が陸に進出する際に根の代わりに養水分を供給し、その上陸を助けた共生菌です。現在でも大半の陸上植物の根に共生していますが、4億年前の原始的な形態をとどめている生きた化石のような菌類です。これまで、多様な生物から数千種類のミトウイルスが報告されていますが、この古代系統のミトウイルスはアーバスキュラー菌根菌からしか見つかっていません。原始的なアーバスキュラー菌根菌が、古代系統ウイルスと独占的に共生し続けているメカニズムは分かっていませんが、今回の発見は、細菌ウイルスから真核生物のウイルスへとユニークな進化をたどったミトウイルスの起源や伝搬機構の解明に迫る重要な一歩であると言えます。
 なお、本研究成果は、2023年5月10日(水)公開のmBio誌に掲載されました。

ミトコンドリアの中で複製を繰り返して次世代へと伝搬されるミトウイルス。
進化的に最も古い系統が原始的な植物共生菌であるアーバスキュラー菌根菌と独占的に共生していた。の画像
ミトコンドリアの中で複製を繰り返して次世代へと伝搬されるミトウイルス。
進化的に最も古い系統が原始的な植物共生菌であるアーバスキュラー菌根菌と独占的に共生していた。

背景

 ミトコンドリアは核を有する全ての生物(真核生物)―アメーバなどの下等な単細胞生物から動物、植物に至る多細胞生物―において、酸素を利用してエネルギーを産生するという重要な役割を担っています。約15億年前に酸素呼吸の能力を獲得した細菌(核を持たない原核生物)が、別の細菌の細胞に取り込まれることにより誕生したと考えられています。植物やカビの仲間(菌類)、昆虫のミトコンドリアにはミトウイルス(ミトウイルス科)というRNAウイルス*1が広く分布しています。ミトウイルスは細菌ウイルス(バクテリオファージ)のレビウイルスを起源に進化したと考えられていることから、ミトコンドリアの獲得と共に真核生物に持ち込まれたのかもしれません。このウイルスはミトコンドリアの中だけで自己複製を繰り返し、その外(細胞質や細胞外)に出ることはなく、ミトコンドリアの分裂を通じて新しい細胞や宿主の次世代へと受け継がれています(垂直伝搬)。このことは、隣同士で生活している生物間でも「簡単には」伝搬しないことを意味しており、宿主の進化に伴って共生しているミトウイルスも共に進化―共進化・多様化―していると考えられています。ただ、遠縁の生物種間でも自己複製酵素の構造が類似しているミトウイルスが多数見つかっていることから、未知のメカニズムによって異種生物間を渡り歩いている―水平伝搬している―ことも確かです。
 ミトウイルスの共生が宿主に及ぼす影響については、いくつか興味深い報告があります。20世紀初頭、北米ではクリ胴枯病が蔓延し、クリが壊滅的な被害を受けました。その病原菌の中に病徴の軽い弱毒系統が見つかり、その原因因子としてミトウイルスが初めて同定されました。その後、他の植物病原菌の弱毒系統からも次々とミトウイルスが見つかり、ウイルス共生が引き起こすミトコンドリアの形態異常が弱毒化の一因であると報告されています。一方、雑穀で健康食として注目されている植物のキヌアでは、ウイルス共生によるエネルギー代謝の亢進が乾燥(水欠乏)耐性を高めることが報告されています。
 研究グループが研究対象としているアーバスキュラー菌根菌は極めて原始的な形態をとどめている生きた化石のような菌類です。約4億年前のデボン紀、海で生まれた植物は陸域への進出を開始しましたが、現在の陸上植物のような根を持っていなかったことから、先に陸環境に適応していたアーバスキュラー菌根菌の祖先を利用して養水分を獲得したと考えられています。この菌類との共生に成功した植物が現在の陸上植物の大元の祖先であり、その証拠に現在でも約75%の植物が根とアーバスキュラー菌根菌との共生体である「菌根」を通じて養水分を獲得しています (図1)。アーバスキュラー菌根菌は、植生の存在する土壌であれば寒冷〜熱帯などの気候帯にかかわらず全球的に分布している言わばコスモポリタン(汎存)生物ですが、容易に分離・培養することができないため、その生態や進化には多くの謎が残されています。我々は、ウイルスがアーバスキュラー菌根菌の生存戦略に及ぼす影響や両者の共進化の過程を明らかにするために、アーバスキュラー菌根菌に共生しているウイルスの探索を行っています。

研究手法

 一般に菌類ウイルスの探索に当たっては、フラスコなどで大量培養した菌体からウイルスのゲノム本体である二本鎖RNA*2を抽出・精製してその塩基配列を調べます。しかし、アーバスキュラー菌根菌は簡単に大量培養することができないため、数か月かけて得た少量の菌糸から微量のRNAを抽出し、その中のすべてのRNAを最新のRNAシーケンス技術 (RNA-Seq*3) で一気に配列決定します。得られた数千万〜数億のRNA断片の配列情報から宿主のアーバスキュラー菌根菌由来のものを除き、残った配列情報をスーパーコンピューター上で繋ぎ合わせてその中からウイルス様配列を探します。

研究成果

 今回、研究グループは新たに3菌株のアーバスキュラー菌根菌から10種の新しいミトウイルスを同定し、これまでに他の菌株から見つかっている13種と共にミトウイルスの多様性を代表する200種と複製酵素の構造を比較したところ、アーバスキュラー菌根菌由来の23種のうちの8種が他のウイルスよりも大きな(アミノ酸数が100〜200残基ほど多い)複製酵素を持っていることに気づきました。これら大きな複製酵素のN末端*4には、他の複製酵素には存在しない共通のアミノ酸配列=N末端モチーフが存在しており、その配列は一部のアーバスキュラー菌根菌のゲノムの中にも見出されました。このことは、これらウイルスが宿主との長い共進化の過程で宿主ゲノムに中に偶然入り込んだ、または、逆に宿主の遺伝子の一部を取り込んだことを意味します。このグループはミトウイルスの中でも進化系統上、最も上流に位置しており、ミトウイルスが出現した当時の原型に近い「古代系統」であると推察されました (図2)。
 最近、世界中の研究者が協力して土壌や海洋、河川など様々な環境からRNAを採取し、250万種類以上の(宿主未知の)RNAウイルスの塩基配列を収蔵した巨大なデータベースが構築されました。このデータベースからN末端の共通モチーフを持つミトウイルスの探索を行ったところ、世界中の土壌サンプルに由来する400個以上の類似ウイルスを見出しました (図3)。つまり、このウイルスも宿主にくっ付いて全球的に分布を広げたコスモポリタンと言えます。

今後への期待

 これまで世界中の研究者が約30年かけて多様な生物から数千種類に及ぶミトウイルスを同定してきたにもかかわらず、この古代系統のミトウイルスはアーバスキュラー菌根菌からしか見つかっていません。前にも触れましたが、ミトウイルス自体は種の壁を超えて植物や菌類、動物の間をも渡り歩くことができるウイルスであるため、この古代系統がアーバスキュラー菌根菌とだけ共生していることは、一つのミステリーです。アーバスキュラー菌根菌が原始的な菌類であることや、まるで身分証のようなN末端の共通モチーフをこのミトウイルスたちが持っていることが関係しているのかもしれません。いずれにせよ、今回の古代系統の発見は、バクテリオファージからミトコンドリアのウイルスへとユニークな進化をたどったミトウイルスの起源や伝搬機構の解明に迫る重要な一歩であると言えます。

論文情報

論文名 Structurally distinct mitoviruses: Are they an ancestral lineage of the Mitoviridae exclusive to arbuscular mycorrhizal fungi (Glomeromycotina)?(独特な構造を持つミトウイルス:これらはアーバスキュラー菌根菌に独占的に保持されているミトウイルス科の古代系統か?)

著者名 江澤辰広1、アレッサンドロ・シルベストリ2、 丸山隼人1、 俵谷圭太郎3、 鈴木芽以1、 ユ・ドュアン1、 マッシモ・トゥーリナ4、 ルイーザ・ランフランコ21北海道大学大学院農学研究院、2トリノ大学生命科学部、3山形大学農学部、 4イタリア国立研究機構トリノ植物保護研究所)

雑誌名 mBio(米国微生物学会誌)

DOI 10.1128/mbio.00240-23

公表日 2023年5月10日(火)(オンライン公開)

図1. 植物の根に共生するアーバスキュラー菌根菌の顕微鏡写真 (a) と養分供給のメカニズム (b)。の画像
図1. 植物の根に共生するアーバスキュラー菌根菌の顕微鏡写真 (a) と養分供給のメカニズム (b)。

図2. ミトウイルス科の進化系統樹:アーバスキュラー菌根菌から発見されたN末端共通モチーフを持つミトウイルスはミトウイルス科の最も基部から分岐している古代系統である。の画像
図2. ミトウイルス科の進化系統樹:アーバスキュラー菌根菌から発見されたN末端共通モチーフを持つミトウイルスはミトウイルス科の最も基部から分岐している古代系統である。

図3. アーバスキュラー菌根菌由来ミトウイルス古代系統の世界分布:世界中の土壌サンプル中に見出された5,343種のミトウイルスのうち、約1/3がアーバスキュラー菌根菌由来であり、そのうちの23%が古代系統であった。古代系統が検出された土壌サンプルの採取地点を地図上に示している。の画像
図3. アーバスキュラー菌根菌由来ミトウイルス古代系統の世界分布:世界中の土壌サンプル中に見出された5,343種のミトウイルスのうち、約1/3がアーバスキュラー菌根菌由来であり、そのうちの23%が古代系統であった。古代系統が検出された土壌サンプルの採取地点を地図上に示している。

用語解説

*1 RNAウイルス … ゲノムがRNAにより構成されるウイルスの総称。

*2 二本鎖RNA … DNAは相補的な配列を持つ二本の鎖が二重らせんを構成しているが、RNAは一般に一本鎖で存在する。それに対してRNAウイルスのゲノムは二本鎖RNAで構成されるものも多く、一本鎖RNAゲノムを持つミトウイルスでも複製過程で二本鎖RNAが生じるため、二本鎖RNAの存在=ウイルスの存在と考えられている。

*3 RNA-Seq … 近年開発されたいわゆる「次世代シーケンス技術」の一つで、例えば一つの細胞や組織などに由来する微量かつ多様なRNAの塩基配列を一気に決定することができる。

*4 N末端 … タンパク質の両端のアミノ酸のうち、アミノ基を持っている一方をN末端、カルボキシル基を持っている一方をC末端と呼ぶ。メッセンジャーRNAからのタンパク質の翻訳はN末端側から始まる。

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