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アズマモグラの親子判定 ~アンダーグラウンドなモグラの交配事情を遺伝解析で解明へ~

掲載日:2023.08.02

 福島大学共生システム理工学類の高木俊人特任助教と、山形大学理学部4 年の山澤泰氏らはアズマモグラの繁殖生態について研究してきました。モグラ類は完全な地下生活を行っているため直接観察や飼育が難しく、その繁殖生態はほとんど分かっていません。本研究ではアズマモグラの1 親子(母1 個体、仔3 個体)を対象に遺伝マーカーを使用した親子判定を行いました。その結果、先行研究で開発されていた遺伝マーカーが親子判定に使用できることと、一腹の3 個体の仔の父親は1 個体であったことが明らかになりました。本研究の成果はアズマモグラにおいて親子判定が可能なことを示したことにあり、計画的に妊娠メスなどを捕獲、分析できれば、一夫一妻なのか、一夫多妻なのか等、これまで大きな謎とされてきたモグラの繁殖様式解明の手掛かりとなります。
  本研究成果が日本哺乳類学会の和文機関誌『哺乳類科学』に発表されることになりましたので、ご報告いたします。

 詳しくは、こちらをご覧ください。

本研究のポイント

✓ モグラ類は地下適応を遂げてきた小型哺乳類であるため、飼育研究で得られた繁殖に関する知見は多くはありません。
✓ 先行研究では、アズマモグラを対象とした遺伝マーカーが開発されていたものの、親子判定に使用可能かは明らかではありませんでした。
✓ 本研究では、飼育中に出産した母親とその仔3 個体を用いて、先行研究の遺伝マーカーが、個体識別や親子判定に利用可能か検証しました。
✓ その結果、先行研究で開発されたマイクロサテライトマーカー10 遺伝子座は個体識別が十分可能な多型性があることが確認されました。
✓ 本研究で対象とした親子について、父親の遺伝子型を高い確率で推定でき、仔3 個体の父親はオス1 個体のみと推定されました。

図1.本研究の対象となった山形県で捕獲されたアズマモグラとその仔3個体(撮影:山澤泰)の画像
図1.本研究の対象となった山形県で捕獲されたアズマモグラとその仔3個体(撮影:山澤泰)

研究の背景

 日本列島ではモグラ類は北海道を除くほぼ全域に生息しており、田畑だけでなく、都市部の緑地にも姿を現すなど、身近な野生哺乳類です。しかし、モグラ類の多くは地下生活を送っており直接観察が難しいだけでなく、飼育下における繁殖も未だ成功例が報告されていません。そのため、縄張り意識のつよいモグラが繁殖期にどのように出会うのかは大きな謎とされていますし、一夫一妻なのか、一夫多妻なのかといった交尾相手の選好性などについても不明です。こうした動物の繁殖生態の解明に向けたアプローチの一つとしてマイクロサテライトマーカーと呼ばれる遺伝マーカーを用いた解析が挙げられます。東日本を中心に生息するアズマモグラ(図1)においては、先行研究(Satoh et al. 2019)によって12 遺伝子座のマイクロサテライトマーカー(注1)が開発済みです。しかし、これらのマーカーが個体識別や親子判定について利用可能であるかはこれまでに検討されていませんでした。
 そこで本研究では,捕獲時点ですでに妊娠していたアズマモグラ1 個体と、その個体が一時飼育中(補足1)に出産した仔3 個体を用いて、先行研究で開発されたマイクロサテライトマーカーが、本種の個体識別や親子判定に利用可能かを検証しました。さらに父親の遺伝子型を推定し、交尾に関わったオスの個体数を推定しました。

今回の成果

 マイクロサテライトマーカー解析の結果、12 遺伝子座のマーカー中10 遺伝子座で明瞭なピークが得られ、本研究で対象とした親子について、父親の遺伝子型を高い確率で推定でき、仔3 個体の父親はオス1 個体のみである可能性が示唆されました(表1)。
 また、先行研究(Satoh et al. 2019)における山形県の3 集団の遺伝子型データの再解析から、これらマイクロサテライトマーカーを用いた個体識別や親子判定が可能であり、モグラ類における繁殖生態の解明への有用性が示されました。

表1.本研究で確認された母親と仔モグラの遺伝子型と、推定された父親個体の遺伝子型一覧。
??は不明な対立遺伝子を示し、下線が引いてある対立遺伝子は、母親由来ではないことを示す。の画像
表1.本研究で確認された母親と仔モグラの遺伝子型と、推定された父親個体の遺伝子型一覧。
??は不明な対立遺伝子を示し、下線が引いてある対立遺伝子は、母親由来ではないことを示す。

成果の意義

 本研究の成果はこれまで不明であったアズマモグラの繁殖様式の解明につながるはじめの一歩となる研究です。本研究の対象は一親子のみでしたが、今後さらなる多くの個体や親子について同様の遺伝解析を行うことで、アズマモグラの繁殖生態の解明につながるものと考えられます。例えば、畑や果樹園で一斉に駆除された多数のモグラの遺伝子型を決定することで、一定の地域内でのオスの繁殖成功率や一匹のオスが複数のメスと交配しているかどうか、その地域にいくつの家族が生息しているか(家系構造)等について明らかにできる可能性があります。さらに、これらで得られる知見は動物園におけるモグラ類の飼育下での繁殖にも活用することができるかもしれません。今後、本研究で確立された技術を用いて、様々な地域で研究が展開されることを期待しています。
 また、本研究は筆頭著者である山形大学の山澤泰氏と、責任著者である福島大学の高木俊人 特任助教(研究当時:福島大学 共生システム理工学研究科 博士後期課程3年)を中心とする共同研究として実施されました。妊娠メスの捕獲と出産という幸運に端を発し、2つの地方大学の学生の自発的な研究活動という点からも興味深い研究です。

著者のコメント(山澤泰 山形大学理学部 学部4年生)

 自分がモグラの生態に魅せられたきっかけは、国立科学博物館の川田伸一郎研究主幹著「モグラ博士のモグラの話」を読んだことです。川田研究主幹のようなフィールドセンス溢れる研究者を目指し、捕獲調査に取り組んでいたところでの出来事でした。たった一妊娠個体だけの捕獲・飼育研究でしたが、この個体からは今回のような新知見をはじめ、多くのことを学ばせてもらいました。昨夏、川田研究主幹にお会いした際に教えていただいた「実際に研究対象の生物を捕獲し,五感を使って観察することの大切さ」を実感しております。自分の研究をサポートして下さる多くの方々に感謝しながら,本研究を土台とした、モグラ科動物の生態解明に向けたさらなる調査・研究を進めていきます。

用語解説など

(注 1)マイクロサテライトマーカー :ゲノム上にみられる、1~数塩基の短い配列の繰り返し数の多型を評価する遺伝マーカー。SSR(Simple Sequence Repeat)マーカーともいわれる。多型性が高く個体を特定できることから、集団遺伝学、分子生態学、科学捜査などにも用いられる。
(補足1)モグラ科に属する全種については、農業又は林業の事業活動に伴い捕獲等又は採取等をすることがやむを得ない場合以外は、捕獲・採取が禁じられています。本研究は山形県知事の許可(令和3年度指令み自第9号)を受け、学術目的の捕獲を行い、捕獲後衰弱していたために一時的な保護を目的とした飼育を行っています。

掲載論文情報

【タイトル】 アズマモグラ(Mogera imaizumii)の繁殖生態解明に向けたマイクロサテライトマーカー解析の有用性
【著者】 山澤泰、高木俊人、兼子伸吾
【著者の所属】 山澤泰 (山形大学 理学部 4 年生)
        高木俊人 (福島大学共生システム理工学研究科 博士後期課程 2023 年3 月修了、
                     現所属:福島大学 共生システム理工学類 特任助教)
                     兼子伸吾 (福島大学 共生システム理工学類 准教授)
【掲載誌】 哺乳類科学(日本哺乳類学会の和文機関誌)
【公開日】 2023 年8 月上旬 WEB 公開予定
【DOI】 https://doi.org/10.11238/mammalianscience.63.179

本論文は、オープンアクセスとなっていますので、インターネット(上述のDOI)を通じてどなたでも全文をご覧いただくことが可能となっています。

報道機関関係者の方々へのお願い

  本研究に興味を持っていただきありがとうございます。本研究成果を取り上げる際には、読者や聞き手が研究の詳細を知り、結果の背景を正確に理解することのできるよう原典の論文を引用していただきますようお願い致します。特にウェブサイト版での記事やSNS(Twitter やYouTube 等)の情報発信の際には、上述の論文へのリンク(DOI)を付けていただくようお願いいたします。
 また、このお願いにつきまして2023 年2 月9 日に生物科学学会連合から提出されました「研究成果をメディアへ報道する際のお願い(https://seikaren.org/wp/wp-content/uploads/2023/02/to-media.pdf)も併せてご覧いただければ幸いです。

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