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“オットセイ”のブロニー君の実像が明らかに! ~最新の研究成果が学術誌に掲載&成果に基づく公開講座も開催~

掲載日:2024.05.09

本件のポイント

  • サーカス団「世界一週有田洋行会」の一員で、昭和2年(1927年)に山形市で開催された全国産業博覧会の会期中に命を落とした、柏山寺(はくさんじ)に眠る“オットセイ”のブロニー君について、生前に活躍する姿を収録したパンフレットが初めて見つかりました。
  • パンフレットからは、ブロニー君の姿の他にも、これまで知られていなかったブロニー君の情報や、これまでの研究を裏付けるさまざまな事実も明らかになりました。
  • 最新の研究成果は、7月に刊行予定の学術誌『サーカス学』第5号に掲載予定です。また、山形大学認定都市・地域学研究ユニットの公開講座「山形の魅力再発見パート22」の一環として、7月6日に実施する「世界一週有田洋行会と"オットセイ"のブロニー君」でも研究成果を社会に還元します。

新発見のパンフレットの画像
新発見のパンフレット

概要

 山形市の薬師公園の隣に位置する柏山寺には、サーカス団「世界一週有田洋行会」に所属する“オットセイ”、ブロニー君の墓があります。かねてより巷間では、ブロニー君が明治44年(1911年)5月8日の山形市北大火で焼け死んだという説が広く知られていました。ところが、ブロニー君が山形市北大火で死んだのではなく、昭和2年(1927年)9月11日から10月20日に山形市で開催された全国産業博覧会の期間中に命を落としたことを小幡が初めて解明し、研究成果が令和5年(2023年)に学術誌『サーカス学』第4号に掲載されました。
 そして今回、昭和2年に有田洋行会が宣伝のために発行したパンフレットが見つかり、その中にブロニー君が芸を披露する様子が掲載されていました。また、パンフレットからは、“オットセイ”のブロニー君が実際はアシカであったとの推定を裏付ける記述のほか、ブロニー君が当時8歳であったこと、大正15年(1926年)5月末日にアメリカから来日し、有田洋行会に仲間入りしたことなど新しい事実も明らかとなりました。
 ブロニー君を含むサーカスの“オットセイ”についての最新の研究成果は、7月に刊行予定の学術誌『サーカス学』第5号に掲載予定です。また、山形大学認定都市・地域学研究ユニットの公開講座「山形の魅力再発見パート22」の一環として、7月6日に実施する「世界一週有田洋行会と"オットセイ"のブロニー君」でも研究成果を社会に還元する予定です。

 詳しくは、こちら(リリースペーパー)をご覧ください。

公開講座「山形の魅力再発見パート22」

・日時:令和6年(2024年)6月29日(土)・7月6日(土)・7月13日(土) 13時30分~16時(予定)
・場所:人文社会科学部1号館201教室
・講師・タイトル:
 松尾剛次(山形大学名誉教授)「光る君・最上義光」 ※6月29日・7月6日・7月13日の全3回実施
 中澤信幸(山形大学人文社会科学部教授)「山形の風土と言葉」 ※6月29日実施
 小幡圭祐(山形大学人文社会科学部准教授)「世界一週有田洋行会と"オットセイ"のブロニー君」※7月6日実施
 生田慶穂(山形大学人文社会科学部准教授)「最上義光の古典学―徳島市里見家所蔵資料から見えてきたこと―」※7月13日実施
・申し込み方法:山形大学認定都市・地域学研究ユニットまで
電話・FAX:023-628-4871(月・火・木・金午前)/メール:toshiken@human.kj.yamagata-u.ac.jp

「世界一週有田洋行会」パンフレット※右がブロニー君の画像
「世界一週有田洋行会」パンフレット※右がブロニー君

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