ホーム > 新着情報:プレスリリース > 2024年08月 > 同一起源のエゾイタヤとアカイタヤが別種に分れた理由 たとえ同所でも異なる耐乾燥性、開花期の謎
掲載日:2024.08.07
本件のポイント
・ 日本の代表的落葉広葉樹イタヤカエデ(類)の種内の変種とされてきたエゾイタヤとアカイタヤは、たとえ同所に生育していても開花期に違いがあり、高い生殖隔離の可能性を示しました。
・ 同所に生育していてもエゾイタヤはアカイタヤより葉の耐乾燥・耐塩性が明確に高いことを示しました。この違いは、エゾイタヤはアムール川流域やサハリンを含むやや乾燥環境や塩害のある日本海沿岸部、一方のアカイタヤは湿潤な多雪の山地の乾湿異なる環境に主に分布適応していることと一致しました。
・ 遺伝的起源が同一とされる(Liu et al., 2017)エゾイタヤとアカイタヤは、過去に異なる乾湿環境に適応分布した結果、生態ニッチを変化させ別種に分化し、たとえ同所であっても生殖隔離したままである可能性が考えられます。日本列島に特異的な種多様性の形成メカニズムの一端を示しているのかもしれません。
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概要
日本の代表的落葉広葉樹イタヤカエデ(類)は複数の変種から成るとされますが、その分類と命名については議論があります。これら変種のうちエゾイタヤ(以下、エゾ)とアカイタヤ(以下、アカ)(図1)は近年の遺伝子解析で、共通の起源を持つにもかかわらず、生殖的に隔離された別種である可能性が示されました(Liu et al., 2017)。しかし、両者が別種だとすれば、生殖隔離(※1)メカニズムや生態特性の違いは不明です。そこで、エゾとアカが生態・生理学的特徴において異なる別種とみなせるかを検証するため、分布域とその環境、葉の耐乾燥・耐塩性、開花・開葉の時期の観察から両者を比較しました。その結果、同所に生育していてもエゾはアカより葉の耐乾燥・耐塩性が高く、さらにエゾがやや乾燥環境か塩害のある日本海沿岸に分布するのに対し、アカは多雪で湿潤な山地に主に分布していました。また、同所のエゾとアカであっても開花期は異なり、高い生殖隔離の可能性が示されました。このように両者は、異なる乾湿環境に局所的に適応することで、生態ニッチ(※2)を変化させ生殖隔離が生じて、別種になったと推察されました。本結果は、イタヤカエデ類の分化メカニズムの理解に貢献します。本論文は、Ecoloogical Researchに8月1日に掲載されました。以上は、山形大学農学部の森茂太客員教授、筑波大学生命環境系の黒澤陽子日本学術振興会特別研究員と日本大学、森林総合研究所、ARAID (Spain)、京都大学、筑波大学の共同研究で行われました。
背景
「イタヤカエデ」は種内変種の総称として使用されることもあり、このことが分類に混乱を招いているとの指摘があります。近年の遺伝子解析でエゾとアカは別種の可能性が示されました(Liu et al., 2017; 矢原ほか, 2024)。しかし、両者の未成熟な稚樹の葉の形態の可塑性は高く、分類基準の葉の形態で両者を区別することが困難なこともあり、従来の研究では種内の変種として扱われてきました。このため、両者の生態学・生理学的な違い等は不明のままでした。参考文献:Liu et al. (2017) Journal of Forest Research, 28, 699–704. 矢原ほか(2024)新種候補植物図鑑速報版1, 九州オープンユニバーシティ出版部.
研究手法・研究成果
本研究では、これまで報告されてきたアカとエゾの分布に加えて国内分布の追加調査を行い、分布域の気象情報からエゾとアカの出現確率を予測しました(生態ニッチモデリング(※3))。その結果、サハリン、アムール川流域にも分布するとされるエゾはやや乾燥した地域か塩害のある日本海沿岸地域で出現確率が高く、一方、日本固有種のアカは多雪で湿潤な山地を中心に出現確率が高いことが明らかとなりました(図2)。さらに、両者が同所に生育する札幌で、エゾの葉の耐乾燥・耐塩性はアカより明確に高いことを明らかにしました(図3左)。両者が同所に生育する盛岡と札幌で開花・開葉率の推移を観測した結果、開花期の違いが見られ、高い生殖隔離の可能性が示されました(図3右)。その上、エゾは開花と開葉が同時進行するのに対しアカは開花の後に開葉が進む等、様々な生態学的違いも明らかになりました(図1, 図3右)。以上より、両者は異なる乾湿環境への分布拡大によって生殖隔離が生じて、生態・生理特性の異なる別種に分化した可能性が示されました。
今後の展望
今後、解像度の高い遺伝子解析等によって別種であることの確認を行うとともに、ロシア、北朝鮮、韓国、中国、日本のイタヤカエデ類を対象とした分子系統学の共同解析を行い、気候変動下での森林管理を検討するために、生態生理学的視点と組み合わせた研究が必要と考えられます。
用語解説
1. 生殖隔離:種間または集団間で遺伝子の交換が様々な要因で妨げられる隔離。
2. 生態ニッチ:ある生物種が属する生物群集あるいは生態系の中で占める地位、その種の分布に適している環境。
3. 生態ニッチモデリング:ある種の分布情報から、その種の分布に適している環境(生態ニッチ)をモデル化し、それによって特定の環境条件下でのその種の潜在的な分布適地や出現の可能性を推定する手法(岩崎ほか(2016)植物地理・分類研究, 64, 1-15.)。
掲載雑誌
著者: 森茂太1)・黒澤陽子1, 2)・丸山温3)・菊地賢4)・Juan Pedro Ferrio5)・石田厚6)・山路恵子2). ( 1)山形大学、2) 筑波大学、 3) 日本大学、 4) 国立研究開発法人森林研究整備機構森林総合研究所、 5) ARAID (Spain)、6)京都大学)
表題: Cryptic Japanese maple species exhibit different drought tolerance, suggesting reproductive isolation
雑誌: Ecological Research URL https://doi.org/10.1111/1440-1703.12512
発行: 2024年8月1日
助成
本研究は科学研究費補助金(19H02987, 24K01792)の助成を受けて行われました。