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低コスト・大量生産可能な水蒸気ウルトラハイバリア構造 ~ペロブスカイト太陽電池や有機ELディスプレイなどのバリア膜への応用に期待~

掲載日:2025.03.06

本件のポイント

  • 高強度のランプを用いて真空紫外光(VUV光)を照射することで、ポリシラザン(PHPS)の光緻密化が加速的に進行することを見出し、光照射時間の超短時間化(約10秒)を達成した。
  • 光緻密化したPHPS膜は水蒸気バリア膜として機能し、溶液プロセス(印刷・塗工)で得られる水蒸気バリア性能の世界記録を更新した(水蒸気透過度WVTR=1.8x10-5g/m2/day)。
  • 本技術は、有機ELやペロブスカイト太陽電池などの次世代太陽電池だけでなく、エレクトロニクス分野や包装分野など広くバリア技術を必要とする産業に活用できることが期待される。

概要

 山形大学有機エレクトロニクスイノベーションセンターの硯里善幸教授、孫鶴プロジェクト助教、宋侣洋プロジェクト研究員は、溶液塗布可能なポリシラザン(PHPS)注1をコートし、高強度の真空紫外光(VUV光)注2を照射することで緻密なSiN(窒化ケイ素)を形成した。この膜を用いたバリア構造は、溶液プロセスで得られる水蒸気バリア膜注3の世界最高性能を更新(水蒸気透過度注4 WVTR=1.8x10-5g/m2/day)した。加えてWVTR 10-5g/m2/dayオーダーのバリア構造をPHPS 1層あたり、わずか10秒の光照射プロセスで達成した。すなわち言葉を本研究では溶液プロセスによる世界最高の水蒸気バリア性能とプロセス時間の超短時間化を同時に達成している。本成果は、Wiley社が発行するAdvanced Materials誌(IF=14.3)に掲載された。

 有機ELやペロブスカイト太陽電池などの次世代太陽電池は、大気中の水蒸気により敏感に性能劣化することが知られている。樹脂フィルムを基板として用いる事により、柔軟、軽量、低コスト、大量生産が可能である一方で、樹脂フィルムに水蒸気透過を妨げるバリア層が必要である。従来、真空プロセスによる無機薄膜注5の製膜が用いられてきた一方で、コスト面から溶液プロセスが求められており、当研究室ではこれまでに溶液プロセスにより形成したPHPSにVUV光を照射することで、世界最高性能の水蒸気バリア構造を達成してきた。

 本研究では、PHPS膜の光緻密化反応は、光強度が強くなることで加速度的に反応速度が速くなる多光子的な反応であることを明らかにし、この効果からPHPS膜の光緻密化が効率的に進行し、従来の水蒸気バリア性能を2.8倍更新した。加えて、1/10以下の超短時間化にも成功している。この技術が、有機ELや次世代太陽電池だけでなく、エレクトロニクス分野や包装分野などのバリア技術が必要な産業に広く寄与できるよう、さらに研究を推進する。

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背景

 有機EL(OLED)やペロブスカイト太陽電池(PSC)、有機薄膜太陽電池(OPV)などの次世代太陽電池などの有機エレクトロニクスデバイスは、フレキシブル化や溶液プロセス(印刷・塗工)で作製できるといった特徴がある。フレキシブル化による柔軟・軽量といった価値向上に加え、溶液プロセスによるデバイス作製には、真空プロセスに比較して、大量生産による低コスト化が可能なうえに、低炭素プロセス(エコフレンドリー)といった付加価値がある。これらデバイスを形成する基板として、柔軟かつ軽量で安価な樹脂フィルムを使用することが望まれるが、OLED、PSC、OPVデバイスは、特に大気中の水蒸気に対して敏感に性能劣化を伴うため、デバイス部を保護する必要がある。例えばすでに普及が始まっているフレキシブルOLEDディスプレイ(スマートフォン等)では、樹脂フィルム上に緻密な無機膜(SiN:窒化ケイ素)を水蒸気バリア層として真空プロセスで製膜注5することで、この問題を解決している。しかしながら真空プロセスによる無機成膜では、生産性が低く、コスト高であることから、溶液プロセスによる無機バリア膜形成が望まれている。当研究室では、これまでにSi-N結合を主鎖骨格に持ち、溶液に溶解可能なポリシラザン(PHPS :perhydropolysilazane )注1を溶液塗布(コート)し、紫外線の一種である真空紫外光(VUV光:波長=172nm)注2を照射することで、高い水蒸気バリア性能注3を達成した。バリア層/平坦化層を1ユニットとし、3ユニット(計6層)のバリア構造を形成することで、水蒸気透過度(WVTR)注4は5x10-5g/m2/dayであり、溶液プロセスで形成する水蒸気バリア膜の世界最高性能を記録した(Adv. Mater. Interfaces, 2201517 (2022))。
 しかしながら、VUV光の照射時間は1層あたり約2.5分を要すること、OLEDに必要なバリア性能にはまだ不十分であること、本光反応機構の詳細が不明であるといった課題があった。

研究手法・研究成果

 本研究では、VUV光照射源であるXeエキシマランプの光強度依存性による反応機構の解明と、光照射時間の短縮化、バリア性能向上を目指した。ランプ強度を103~309mW/cm2と変化させ反応機構の解明を行った結果、VUV光によりPHPSから水素が脱離する①光脱水素反応と膜組成に変化はないもののVUV光により高密度化する②光緻密化反応の二つの反応機構があることが分かった(図1)。①光脱水素反応では光強度によって反応速度の加速は無いことから1光子反応過程であった。一方で②光緻密化反応では、光強度に対して緻密化の加速が見られたことから多光子的な反応であった。このことから高強度のVUV光照射条件下では、PHPS膜の光緻密化反応が加速的に進行することで、光照射時間の大幅な短時間化と、高い水蒸気バリア性能を同時に達成できる可能性がある。

図1 PHPSのVUV光による光反応(①光脱水素反応、②光緻密化反応)の画像
図1 PHPSのVUV光による光反応(①光脱水素反応、②光緻密化反応)

 そこで、ランプ強度103、309mW/cm2に焦点を絞り、膜質と水蒸気バリア性能評価を行った。膜質は屈折率評価から行った。PHPS薄膜では光照射側の表面で大きなVUV光の吸収があることから、膜内の屈折率は一様ではなく、表面で高い屈折率を有する(図2)。そこで本研究では、特に水蒸気バリアとして機能していると考えられる表面側30nm(図2のTop層)の屈折率に着目した。ランプ強度103、309mW/cm2のどちらの条件においても、積算光量が増えるごとに屈折率は増大した。ここで屈折率の増大は大きな組成変化が無いことから密度上昇に基づくものであると考えている。特に興味深いのはランプ強度103mW/cm2にて12J/cm2を照射した屈折率(n=1.75)よりも、ランプ強度309mW/cm2にて3J/cm2を照射した屈折率(n=1.76)のほうが高いことである。すなわち光強度が高いランプを用いる事で積算光量は1/4で同等以上の光緻密化が進行することを意味する。

図2 各VUV光強度(103、309mW/cm2)と積算光量(3、6、12J/cm2)におけるPHPS膜の屈折率分布の画像
図2 各VUV光強度(103、309mW/cm2)と積算光量(3、6、12J/cm2)におけるPHPS膜の屈折率分布

 そこで、バリア層/平坦化層を3ユニット(計6層)形成したバリア構造にて、水蒸気透過度(WVTR)の測定を行った(図3)。ランプ強度309mW/cm2を用い、積算光量6J/cm2を照射したバリア膜で、最小のWVTR=1.8x10-5g/m2/dayを得た。これは、溶液プロセスで形成する水蒸気バリア構造の世界最高値を2.8倍、更新する性能である。更に興味深いことに積算光量3J/cm2を照射したバリア膜においても、WVTR=3.8x10-5g/m2/dayのバリア性能を得ている点である。積算光量3J/cm2の光照射時間は、わずか10秒であり超短時間化も成功した。従来は約2.5分程度の光照射時間が必要であったことから、大幅な光照射時間の短縮(およそ1/15)を達成した。これらは高強度ランプを用いる事により、光緻密化が加速的に進行し薄膜の密度が向上したことによるものであると推測している。
 本研究の成果は、NEDO GI基金(JPNP21014)等の支援により実施された。

図3 各VUV光強度(103、309mW/cm2)と積算光量(3、6、12J/cm2)における水蒸気透過度(WVTR 縦軸は10-4 g/m2/day)の画像
図3 各VUV光強度(103、309mW/cm2)と積算光量(3、6、12J/cm2)における水蒸気透過度(WVTR 縦軸は10-4 g/m2/day)

今後の展望

 溶液プロセスによる世界最高の水蒸気バリア性能と超短時間化を同時に達成した。この技術が有機ELや、ペロブスカイト太陽電池を含む次世代太陽電池だけでなく、その他のエレクトロニクス分野や包装分野(食品・医療等)など、バリア技術が必要な産業に広く寄与できるように研究を進めたい。特に光照射時間の短縮化は、ロールtoロールによる大量生産にも適合性が高い。今後、バリア構造の層数削減等、更に研究推進する予定である。

雑誌名

論文タイトル: Polysilazane-Coated Films Achieving Record-High Moisture Barrier Performance with Sub-10 Seconds Densification Using High-Power VUV Irradiation
著者: Luyang Song, He Sun, Yoshiyuki Suzuri
雑誌: Advanced Science 2415721(2025)
DOI: 10.1002/advs.202415721
https://doi.org/10.1002/advs.202415721

用語解説

注1  PHPS(Perhydropolysilazane):Si-Nを主鎖骨格として持つ無機高分子の一種である。有機溶剤に溶解し、コーティング材料やセラミックス前駆体として用いられる。本研究では置換基が全て水素であるパーヒドロポリシラザン(PHPS:Perhydropolysilazane)を用いている。

注2 真空紫外光(VUV光:Vacuum Ultraviolet):
紫外線の一種であり、波長が10~200nmもしくは100~200nmの範囲の電磁波(光)のことをいう。本研究ではXeエキシマランプを用いており波長は172nmである。Xeエキシマランプは、各種の表面改質等のランプとして用いられている。

3 水蒸気バリア:
ガスや液体、イオン、ウィルスなど対象物を遮断する特性のことをバリアと総称しており、本研究においては特に水蒸気(気体)に対するバリア性能の研究を行っている。

4 水蒸気透過度(WVTR:Water Vapor Transmission Rate):
樹脂フィルム等の水蒸気の透過を表す指標である。WVTRの単位はg/m2/dayなどを用い、g/m2/day では1日あたり1m2の面積で透過する水蒸気量(g)を表している。従って、WVTR値は小さい値であるほど、高いバリア性能を示している。

注5真空プロセスによる無機薄膜:
真空プロセスによる無機薄膜の製膜は、真空蒸着法やスパッタ法、CVD法(Chemical Vapor Deposition)などが知られている。特に水蒸気に対するバリア性能が高いSiN(窒化ケイ素)膜においては、スパッタ法やCVD法が用いられる。

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