ホーム > 新着情報:プレスリリース > 2023年06月 > 深層学習(ディープラーニング)技術を利用したナスカ研究の成果が国際学術雑誌「Journal of Archaeological Science」に 掲載されました

深層学習(ディープラーニング)技術を利用したナスカ研究の成果が国際学術雑誌「Journal of Archaeological Science」に 掲載されました

掲載日:2023.06.01

本件のポイント

  • AI(人工知能)の深層学習技術を利用したナスカ研究の成果が、国際学術雑誌「Journal of Archaeological Science」に掲載
  • 地上絵の分布調査に利用された深層学習技術の詳細を公表
  • 実証実験を通して4つの新地上絵の特定につながった(内1点は2019年に公表ずみ)。
  • 地上絵の学術研究と保護活動に向けて、研究の加速に期待

概要

 山形大学ナスカ研究所と日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)の研究成果が国際学術雑誌「Journal of Archaeological Science」(*1)に掲載されました。論文のタイトルは、“Accelerating the discovery of new Nasca geoglyphs using deep learning”(*2)です。この論文は、2019年11月に発表した共同での実証実験の技術的な仕組みと、その後の現地調査を含む研究の成果をまとめたものです。ナスカ台地北部において実施した実証実験にもとづいて、具象的な地上絵の分布調査に利用したAIの深層学習技術の詳細を示しました。また深層学習技術によって、肉眼よりも約21倍速く地上絵の候補を特定できるようになりました。この論文ではAIで発見された地上絵4点(人型、脚、魚、鳥)を紹介していますが、そのうち1点(人型)は2019年に公開したものです。

*1) https://www.sciencedirect.com/journal/journal-of-archaeological-science
*2) この論文はオープンアクセスです。Science Direct(Elsevier社)から無料でダウンロードできます。
  https://doi.org/10.1016/j.jas.2023.105777

 詳しくはこちら(リリースペーパー)をご覧ください。

背景

 山形大学ナスカ研究所と日本IBMは、深層学習による物体検出の手法を用いることで、高解像度の航空写真から具象的な地上絵を発見するための実証実験を実施しました。航空写真は広範囲に渡るため、肉眼で写真から新たな地上絵の調査候補を見つける従来の方法では膨大な年月が必要となり、効率性が課題でした。この課題を深層学習によって克服するために実証実験をおこないました。実証実験の対象地域は、線タイプの具象的な地上絵が集中的に分布しているナスカ台地北部としました。正解が不明な未確認の地上絵候補を検出するという要件のため、深層学習において必要なトレーニング・データの質と量について検討と工夫が必要でした。

研究手法・研究成果

 既知の地上絵の絵柄は、それぞれが唯一無二であるとともに、複雑です。そこで新たな地上絵は、既存のものと同じ絵柄ではないと考えられます。深層学習による物体検出モデルは、トレーニング・データに存在しない特徴を必ずしも見つけることができないので、既知の地上絵をそのままトレーニング・データとして利用して新しい地上絵を見つけることは困難です。そこで、既知の地上絵の絵柄の細部を検討して、比較的単純な図像要素にもとづいて地上絵を分割し、それをトレーニング・データとして用いて、物体検出モデルを作成しました。これらの図像要素と類似したものが新しい地上絵にも存在するという仮説を立て、地上絵全体をとらえるのではなく、これらの図像要素をとらえるという課題に置き換えることで、新しい地上絵の検出の汎化性能(=未知のデータに対して発揮できる能力)を高めることを目指しました。
 加えて、既知の線タイプの具象的な地上絵のサイズが約10~300mと多様である点も、地上絵を検出する上での課題でした。そこで、元の画像から複数のスケールでまず画像を切り出し、次に切り出した画像を同じサイズに揃えるという処理を、物体検出モデルを学習する際と物体を検出する際にそれぞれ実施することで、異なる大きさの地上絵を検出することを試みました。
 さらに、今回の実証実験でトレーニング・データとして使用できた対象が、ナスカ台地北部に分布する21点の線タイプの地上絵のみである点も課題でした。深層学習では、理想的には数千点以上のトレーニング・データを用いることが望ましいため、これらの地上絵をそのままトレーニング・データとして用いた場合、深層学習に必要なトレーニング・データの数が不足することになります。この点については、前述したように、比較的単純な図像要素に地上絵を分割するとともに、異なるスケールで画像を切り出すという作業を通じて、トレーニング・データを307点まで増やすことで対応できました。
 こうした対策を講じて作成された物体検出モデルを用いて、航空写真から地上絵を検出することを試みたところ、深層学習には利用しないで秘匿していた既知の複数の地上絵から、トレーニング・データとして用いた図像要素が検出されたことが確認できました。つまり我々の手法が有効であることになります。そこで、改めて検出結果を精査して新たな地上絵の調査候補をリストアップし、その後の現地調査に活用しました。結果、ナスカ台地北部から4つの地上絵が発見されました。それは人型、脚、魚、鳥の地上絵です。このうち、人型の地上絵(5m)は2019年11月に公表したものです。一方、脚(78m)、魚(19m)、鳥(17m)の地上絵は、2022年までに同定された地上絵358点に含まれていますが、その写真と図版を学術論文として公表するのは今回がはじめてとなります。
 また深層学習技術を用いることで、肉眼で航空写真から地上絵を探すよりも、約21倍速く地上絵の候補を特定できるようになりました。

今後の展望

 この実証実験の成果を受けて、ナスカ台地全体を対象として、AIを利用した地上絵の分布調査をIBMワトソン研究所と取り組んでいます。またペルー文化省と連携して、AIで発見した地上絵を保護するための活動を展開する予定です。

用語解説

1. 深層学習
 深層学習は、人間の神経細胞にも模されるニューラルネットワークなどの数学モデルを利用し、コンピューターが大量のデータからその特徴を自動的に学習して認識モデルを作成する機械学習の手法です。画像認識や音声、自然言語処理などのタスクで高い性能を示しています。多くのデータを利用する学習や認識処理のためには、高速で効率的な計算基盤が必要となるため、この実証実験においてはそうした計算処理にも適したIBM Powerサーバーを利用しました。

2. 深層学習による物体検出
 深層学習による物体検出は、画像から特定の物体を自動的に識別し、その位置を特定する技術です。人間が「犬」や「猫」などを見て認識する場合に用いられる技術と似ていますが、ここではコンピューターがおこないます。深層学習のアルゴリズムは大量の画像データを学習し、物体の形状や特徴を把握します。そしてこの学習にもとづいて、新しい画像に出現する物体を正確に検出する能力を獲得します。

3.トレーニング・データ
 物体検出のトレーニング・データは、物体の位置とその種類(例えば、犬や猫)が事前にラベル付けされた大量の画像集です。

関連リンク

  • シェア
  • 送る

プレスリリース一覧へ