つなぐちから #03

渡辺祐子×大杉尚之

連携広がる「若者世代の
SOSの出し方、受け止め方教育」

2022.10.15

連携広がる「若者世代のSOSの出し方、受け止め方教育」

これまで自殺というと中高年や高齢者に多かったが、コロナ禍以降、若者や子ども、女性という新たなキーワードが浮かび上がってきたという。心の健康に関して、どこに、誰に相談していいのかわからないという人が多いことを知った本学の大杉先生は、山形県精神保健福祉センターの渡辺さんに相談。ちょうど渡辺さんも若者世代の自殺が増えている中、大学との接点を模索していたため、共に「若者世代のSOSの出し方、受け止め方教育の普及拡大事業」に取り組むことになった。本事業の概要と現状、今後の展開などについてお二人に話を伺った。

コロナ禍で生きにくさを感じる
若者のSOSを引き出す

――山形大学と山形県精神保健福祉センターが連携することになった経緯を教えてください。
大杉 近年、若い世代の自殺が増えていることが問題視されており、国の自殺総合対策大綱でも子ども・若者に対するSOSの出し方教育を推進することを掲げています。しかし、山形県内でも十分に普及していないのが現状のようでした。私は、認知心理学、知覚心理学が専門で心の健康に関して専門家ではないのですが、山形大学の学際的な研究を推進するチーム型研究拠点(YU-COE(M))プロジェクトで地理学や社会学,情報科学の先生方と「山形市における安心・安全に関する学際的研究」に取り組む中で、心の健康に関しても調査を進めていくことになりました。その活動の一環で、主に小学校の保護者と大学生を対象に、心の健康について「誰に相談しますか」「相談できる窓口を知っていますか」といったアンケート調査を行ったところ、ほとんどの人が専門的な相談窓口を知らないといった回答でした。この結果を重く見て、山形県精神保健福祉センターさんに相談したいと思い、連絡を取らせてもらいました。それをご縁に、自殺対策に関していろいろ連携させていただいています。
渡辺 これまでは中高年・高齢者に自殺が多かったため、働く人の心の問題、うつ病対策といった切り口で自殺対策が進められてきた経緯があります。平成18年に自殺対策基本法という法律ができてから自殺者数が減っていたのですが、このコロナ禍で令和2年では全国の自殺者が増加に転じ、山形県でも令和3年に増加に転じてしまいました。コロナ禍では、若者・子ども・女性という新たなキーワードが見えてきて、これまでの対策では太刀打ちできないことがわかってきました。県の資料によると、令和元年には10人だった学生・生徒の自殺者数が令和2年には19人と、ほぼ倍増しています。その半数以上が大学生です。高校から大学にかけて一人暮らしに変わるなど劇的な変化が起こり,こうした環境の変化の中で、孤立してしまうなどの問題が生じやすいと考えられます。さらに、コロナによるリモート授業などで人とのつながりが作りにくくなってしまいました。当センターでも市町村の保健部門と連携することで小・中・高との接点は作れても、大学との接点はなく、アプローチできずにいました。そこに、タイミングよく大杉先生からお声掛けいただきました。
大杉 お互いのニーズが一致したわけです。
渡辺 私たちとしては、これまで課題だった大学との接点ができた上に、さまざまな専門分野の先生がいらっしゃる山形大学の力を借りることでこの取り組みの推進力や後ろ盾にもなってもらえるのではと期待しているところです。

山形県の自殺の状況

山形県の自殺の状況をまとめた資料を見ても、学生・生徒の自殺が増加していることがひと目で分かる。

SOSを出す側と受け止める側、
その両者にアプローチ

――この連携事業の一番の狙いと、これまでの活動内容を教えてください。
大杉 学生たちにSOSを出してもいいんだという意識を持ってもらうことです。そのためには教職員もSOSを受け止められるようになっていく必要があります。きちんと受け止められた体験は、社会に出た時に一人で悩みを抱え込まないことにつながり、ひいてはSOSを受け止める側にもなれると考えています。そこで、教職員が学生のSOSを受け止められる体制を作ることから始めました。2021年の8月には、精神保健福祉センターと共同で人文社会科学部FD研修会「学生からのSOSを見逃さない〜若者の生きにくさと自殺予防~」を開催しました。
渡辺 この研修会で手応えを感じましたので、県としては山形大学をモデルに子ども・若者の自殺対策を検討していきたいと考えました。これまで自殺対策事業にご助言をいただいてきた県立保健医療大学の安保寛明先生、そして山形大学からは大杉先生と地域教育文化学部の佐藤宏平先生にもご参加いただき、今年の3月には当センター主催で「子ども・若者の自殺対策推進に関する意見交換会」を開催し、現状課題の共有と、今後の展開方向について意見交換を行いました。
大杉 今年の4月からは、人文社会科学部の授業「課題演習(地域情報)」の中で学生たちにSOSの出し方、受け止め方教育をテーマとした研究を行ってもらう試みも開始しました。半年かけて様々な資料を集めたり、大学生にアンケートを行ったり、大学の保健管理センターにヒヤリングのご協力をいただいたりしながら、研究成果をまとめていきました。最終的に、学生たちの意見も踏まえて、精神保健福祉センターとも相談して「大学生向けのSOSの出し方、受け止め方教育」の教材を作成することを目標としています。
渡辺 意見交換会以降、山形大学では学生さんも含めたいろいろな活動が始まっているんですね。ところでFD研修会に参加された教職員の方の反応はいかがでしたか。
大杉 「SOSを受け止める」ことはカウンセラーの仕事として考えている方が多い中で、「教員には何ができるのか」を考え始める良いきっかけになったとの感想をいただいています。一方で、「SOSを受け止める」ことを重荷に感じて心配する声も聞かれました。このFD研修会を通して、自分一人ではなくチームでケアしていく方法、次につなぐすべを知ることで、一人で抱えるのではなく、複数の人が関わり続ける体制を作れたらと考えています。
渡辺 確かに、横につながる、複数で関わる、そしてつながり続けることが大事だと思います。つないでバトンタッチして終わるのではなく、網目状にゆるやかにつながりながらみんなで見守る、それがセーフティネットになります。

渡辺さんと大杉先生

山形大学と山形県精神保健福祉センター共同で研修会や意見交換会を開くなど、協力しながら自殺予防の活動に取り組んでいる。

――どうして大学生はなかなかSOSが出せないのでしょうか。
大杉 SOSを出す経験をしてこなかったり、自分の深刻さに気づいていなかったり、弱みを人に見せることができなかったり、様々な理由が考えられます。相談窓口などを利用するのはもっと深刻な人であって、自分が相談することで本当に必要な人が相談する機会を奪ってしまうのではないかと考える学生もいます。
渡辺 センターでも相談事業をやっていますが、今、山形大学の卒業生が継続的に相談を利用しています。在学中に学内の保健管理センターでカウンセリングを受けていたそうです。彼は学内の相談機関を知っていたそうですが、そこは明らかに具合の悪い人が利用するところで、「自分には関係がない場所」と感じていたようです。ある時、先生が保健管理センターの利用を勧めてくれ、一緒に行って担当者につないでくれたそうです。そこでカウンセリングを利用しはじめ、自分を語るなかで初めて「悩みを抱えていた自分」に気づけたそうです。悩みを人に話すことで救われることを実感できたと語っています。卒業してからは、自らの足で相談機関を探し出し、このセンターにつながりました。山形大学の先生方が大変良い関わりかたをしてくれたおかげで自分の力で行動できたのだと思います。
大杉 学生の身近な存在である教員がSOSのサインに気づいて、それをつなげていくことが、一歩踏み出すきっかけになっていくのかもしれませんね。これから社会に出て心理的な危機を経験する可能性もありますので、困った時にはSOSを出してもいいし、出すことの効果も知ってもらいたいと思っています。それから、学生へのアンケートによると、対面での相談はかなりハードルが高いようで、電話も難しいといった回答が見られました。そうした学生にはメールやLINE、チャットなど相談しやすい手段があることを啓発していく必要があるのかもしれません。

分散型キャンパスを生かし、
大学の取り組みを地域に拡散

相談窓口についての調査

相談窓口は多くあるが学生への認知度は低く、あまり浸透していないのが現状。教員が学生のSOSに気づいて相談に繋げることが重要になってくる。

――プロジェクトの今後の課題や展望をお聞かせください。
大杉 山大は総合大学なので,卒業生は地域社会の幅広い分野で活躍することになると思います。また地域密着型で公務員になる人も多いです。彼らがSOSを出すことと受け止めることについて学ぶことは,自分自身を助けるだけでなく、将来的には山形県で助ける側として活躍できるキーパーソンになることが期待できます。
渡辺 先程お話しした卒業生の彼も、今度は自分が助ける側になれたらいいと話していました。コロナ禍もあって、生きづらさやモヤモヤを感じやすく、“自分は自分でいいんだ”という基本的な自己肯定感をもてない人たちがいます。周りに困っている人がいたらどんな声がけをすればいいのか、どんな関わり方をすればその人を解決の方向に導けるのか。お互いを尊重し助け合うという点では、大学全体で取り組めるテーマにもなり得るのではないでしょうか。
大杉 そうですね。今は小規模なプロジェクトですが、大学にいる様々な専門分野の先生方にも参加していただき、SOSの出し方、受け止め方について話し合える場をつくっていく必要性を感じています。どんな専門分野であっても大学生と関わる仕事をしている点は、みんな共通ですから。山大は分散型キャンパスですから、全キャンパスをつなぐ研究拠点を創出することも今後の課題にあげています。県内各地にキャンパスがありますので、各地域と一緒に関わることができたらと考えています。
渡辺 村山、最上、置賜、庄内、4つの地域で「地域別自殺対策推進検討会」という会議を開催し、SOSの出し方教育を地域で普及させるという目標を掲げています。大学の取り組みを推進力に、地域の取り組みとリンクできれば大変ありがたいですね。
大杉 まずは、大学内でこの取り組みに賛同してくださる先生方を増やし、学部の垣根を越えて進めていけたらと考えています。
渡辺 自殺対策は、生きることの包括的な支援です。悩みを一人でかかえこまなくていいんだ、何か困ったことがあったら誰かに助けを求めていいんだ。そんな心持ちを浸透させることで生きやすくする。結果として自殺に追い込まれることが無くなればいいなと思っています。
大杉 このプロジェクトは最初の一歩を踏み出したばかり。まずは成功例を1つつくって、その実績を布石にして活動の幅を広げていこうと考えています。

渡辺さんと大杉先生

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わたなべゆうこ

わたなべゆうこ●山形県精神保健福祉センター・保健専門員。保健師歴32年。さまざまな理由でこころの問題を抱える人に寄り添い、相談や支援にあたる同センター勤務4年目。地域の自殺対策の推進、特に若者世代の自殺対策に取り組んでいる。

おおすぎたかゆき

おおすぎたかゆき●本学准教授。専門は認知心理学、知覚心理学。「地域社会における安心 ・安全に関する学際的研究拠点」の取り組みをきっかけに山形県精神保健福祉センターとの協働がスタート。若者世代の自殺対策の一環として、大学教職員対象の研修会の実施、教材の作成など主導。

※内容や所属等は2022年10月当時のものです。

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