つなぐちから #06

有海順子×山本美奈子×中野智子

学内外連携で取り組む
「誰ひとり取り残さない」
キャリア支援

2022.12.15

学内外連携で取り組む「誰ひとり取り残さない」キャリア支援

全国的に発達障がい学生が急増している昨今。発達障がい学生の就職率は31%1)と一般学生の96%2)に比べてかなり低い状況。全国調査では、発達障がい学生の在籍率が増える一方で、就職も進学も決まらないまま卒業する学生数は50%以上である1)。全国の大学が発達障がい学生のキャリア支援を模索しているなか、本学では、2019年度から多様な学生向けのキャリア支援をスタートさせている。支援のミッションは「誰ひとり取り残さない」こと。注目すべきは、この支援が、学内外の3つの機関による連携体制で展開されていることだ。多様な学生に対するキャリア支援の重要な役割を担う3人に活動の背景やビジョンについて伺った。

多様な学生に
「早期から」アプローチ

――「多様な学生に対するキャリア支援の展開」について、きっかけとなった経緯や連携の意図を教えて下さい。
山本 発達障がい学生は、コミュニケーションが苦手だったり、こだわりが強いなどの特性があります。このような特性のある学生がキャリアサポートセンターに就職相談にくるケースとして多いのが、就職活動で面接選考が通らないために長期化している場合や、働くことに対する自信が持てないために卒業間近に相談に来るケースなどでした。また、そういった学生は生活リズムが不規則であったり、自己理解が乏しいなど、働く上で必要な能力(職業準備性)が低いことも多く、早期からの支援の必要性を感じてきました。
中野 私は山形障害者職業センターとして学外から連携を図っていますが、実は就職後に行き詰まって我々の元にやってくる学生は山形大学生に限りませんが以前から複数いたという背景があります。障がい者という言葉にも抵抗があり、悩みを深くしてやっと私たちの元に訪れるという現状でした。今回の取り組みでは、大学の仕組みを活用して学生が支援を受けることへの抵抗を払拭し、自己理解を深めて将来への道筋の幅を広げられるというところで、双方で噛み合うところがありました。

――3機関連携の取り組みとして始められた「就活セミナー〜はじめの一歩〜」のポイントを教えてください。
山本 このセミナーの大きなポイントは、早期から働くことを意識することで働く上で必要な能力(職業準備性)が高まるという点にあります。大学1年生は生活環境や学習環境などの変化が大きく、新しい環境に適応していくことが課題です。そのときに感じる「つまずき」が、特性に気付けるチャンスにもなります。セミナーでは、職業準備性の能力を、健康管理、日常生活能力(生活面・対人関係)、自己コントロール、基本的労働習慣、職業適性を5つのピラミッド(図1)にして学生自身が自己チェックしながら、学生生活のなかで行動することを意識させます。困った時にどこに相談したらよいのかを知ってもらうために、学内外の相談機関や社会制度などについて理解しやすいよう事例を交えて説明しています。
有海 相談できる場所の存在を知り、より具体的な働き方や今後の就活をイメージしてもらうことも狙いのひとつです。2年目からはコロナ禍を受けオンライン開催に移行したところ、参加者が増加しました。1年に1回のペースで継続開催し今年で4年目、毎回30名ほどの学生が参加しています。開催後にアンケートを取り、その後フォローが必要な学生をつなげていく仕組みも効果的です。

職業準備性ピラミッド

「つながる力」で
学生を次なるステップへ

――スタートから4年が経過した現在、どのような成果を感じていますか。
山本 最近では卒業間際ではなく、就職活動に向けてどのように準備したらいいか? という事前の相談が増えてきていますし、なにより、この4年で支援側の連携体制が構築されたことが大きな成果と感じています。修学面で困ったら障がい学生支援センター、働くことに対して不安な場合はキャリアサポートセンター、障害者手帳の必要性を感じている学生には医療機関やハローワークと連携し、申請手続きを進める。また、障害者手帳取得後のフォローは山形障害者職業センターへ、というような形でステップができ、つなぐ流れがスタート時点よりも円滑になりました。
有海 私も体制が構築されたことで支援の幅や密度・質が高まっていると感じます。セミナー等による早期からの情報発信によってキャリアや就職活動に関する情報がインプットされていることで、いざそのタイミングになったときに学生は自分でアンテナを広げていくことができる。相談できるきっかけづくりとしてとても意義がある活動です。早期からというのもポイントで、学生の意識が高まったそのタイミングで段階的に情報提供ができます。

――印象的なエピソードがあれば教えてください。
山本 障がい学生支援センターを利用していたAさんの例をご紹介します。Aさんは在学中、アルバイトをしながら卒業後も就職活動を継続していました。当初は障がいをクローズにし一般就職を希望していましたが、キャリアサポートセンターの支援を通して、障害者手帳を取得しオープンで働くことを決意したのです。そして山形障害者職業センターと連携し、障がい雇用の非正規社員として1年間働いた後、就労移行支援施設の訓練を経て、金融機関のシステムエンジニアとして就職することができました。社内では特化した能力が活かされ、現在イキイキと働いています。企業からの評価も高いです。
中野 Aさんは当初、支援を受けることを拒否していましたが、自身の特性を振り返る中で自分の認識の整理や対応力の向上のために支援機関のサポートが有効であることに気づき、自分に必要なサポートを得るために複数の支援機関を選んで利用するようになりました。自分で情報を掴んで検討する力や相談する力を着々と身に付けていきました。このプロセスで身に付けた「人と関わり合いながら問題を解決していく」スキルは、今後の大きな力と自信につながったのではないでしょうか。私たち支援側も、それぞれの役割を活かしサポートができるという関係性を作ることができました。
山本 とても難しいケースでしたが、特化した能力が活かされ、ご本人が笑顔で働いている変化を見ることができ、とても励みになりました。発達障がいの学生は得意なことと苦手なことが極端ですが、仕事をするうえで働くための必要な準備性を高める場合は、経験や訓練を積むことによってその能力を活かすことができます。

誰もがイキイキと
働ける社会を目指して

――全国の大学が模索するなかで山形大学のキャリア支援体制は、先導的取り組みとして、確かな体制が構築されつつありますね。最後に、今後のビジョンを教えてください。
山本 現在は産学官連携をさらに広げるための取り組みを進めています。目指すのは一人ひとりの個性を「みんな違っていい、みんないい」と思えるような社会です。学生が自分の得意分野に注目し自信を持って一歩を踏み出せる。Aさんの例を見て、そんな多様性のある社会が実現可能であると感じました。多様な学生がその能力を十分に発揮し活かす場が増えるように、企業や行政にもさらに働きかけ、つながりをつくっていきたいです。
有海 私は障がい学生支援という立場で学生と関わっていますが、学生たちの「自分からつながっていく」力を育てていきたいという想いが常にあります。そのために我々自身がまずはつながっていくということを意識していきたいですね。自己理解や相談する力を皆さんと一緒になって育てていきたいです。
中野 学校まではある程度の道筋が見えていますが、働くことを意識した途端、今まで周りが作ってくれたルートが急になくなり、自分で模索していくことになります。生活や視点を大きく変えていくときに、0から一気に100ではなく、大学からのつながりの中で、自分の足元に一歩一歩レールを敷いていく感覚を学べる。そんな流れになりつつあると思います。学生の皆さんには、自分でつながり相談していく力を育てることで、社会には活用可能な支援がいくつもあるということを理解し、自分に合った支援と使い方を選んでいってほしいと思います。
山本 発達障がいの学生が社会とつながり、その個性を発揮しながら働きつづけることができる地域社会、そこには多様性という重要なキーワードがあると感じます。これは大学だけではなく、社会全体のテーマです。多様性を認め合うことで、企業は創造性のある商品やサービスなどの付加価値を発展的に展開でき、私たちはもっと多様で豊かな未来を手にすることができると感じています。誰ひとり取り残さない山形大学のキャリア支援活動として、地域とともにこれからもさらに進化していきます。今後もご理解とご支援をよろしくお願いします。

1)日本学生支援機構(2021) 「大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書」
2)厚生労働省(2021)「令和3年度大学・短期大学・高等専門学校及び専修学校卒業者の 就職状況調査」
3)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2020)「就業支援ハンドブック実践編 アセスメントとプランニング」

有海先生、山本先生、中野さん

より良い社会を目指し、山形大学と行政で協力しながらキャリア支援に取り組んでいく。

つづきを読む

ありうみじゅんこ

ありうみじゅんこ●本学准教授。障がい学生支援センター専任教員。山形県出身。筑波大学大学院人間総合科学研究科障害科学専攻博士後期課程修了。博士(障害科学)。筑波大学助教を経て、2015年8月本学就任。誰もがイキイキと学べる大学づくりを目指す。

やまもとみなこ

やまもとみなこ●本学准教授。専門はキャリア心理学。キャリアサポートセンター兼任。筑波大学大学院人間総合科学研究科博士課程修了。博士(ヒューマン・ケア科学)。キャリア教育の授業を担当すると共に、その教育効果を分析・検証し、授業プログラムの改善と充実を図っている。

なかのさとこ

なかのさとこ●独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構山形支部山形障害者職業センター主任障害者職業カウンセラー。障がい者に対する就職や職場適応に向けた相談・事業主に対する雇用管理に関する助言等に従事。

※内容や所属等は2022年11月当時のものです。

他の記事も読む