つなぐちから #10

大泉正宏×中村夢奈

多様な「知」を子どもたちへ
地域とともに未来を育む
「YU★STEAM」が始動

2023.02.28

多様な「知」を子どもたちへ地域とともに未来を育む「YU★STEAM」が始動

令和元年から文部科学省が推進している教育理念「STEAM教育」をご存知だろうか? S(サイエンス:科学)、T(テクノロジー:科学技術)、E(エンジニアリング:工学)、A(アート:芸術)、M(マスマティクス:数学)の頭文字を合わせたもので、大きく変化する世の中で分野横断的に疑問や課題を解決していく力を育んでいくことを目指すものだ。
この背景のもと山形大学では、地域共創の取り組みの一つとして、地域の子どもたちに多様な知を直に届ける「山形大学地域共創STEAM教育推進センター(YU★STEAM)」を令和4年に設立。初年度の取り組みとして、学内の教員らが講師を務める小中学生向けイベント「やまだいキッズラボ」を開催している。今回はYU★STEAM専属コーディネーターの中村夢奈さん、そして地域でのプログラムを連携した大井沢自然博物館の大泉正宏さんに、活動の意義や成果、そして今後のビジョンについて伺った。

地域とつながり、
子供たちに多様な知を直に届ける

――YU★STEAMの専属コーディネーターに着任されたきっかけを教えてください。
中村 私は山形大学の出身で、在籍中にNPOを立ち上げ、地域の子どもたちに向けて環境教育と地域の野生動物の研究を行ってきました。卒業後も山形大学の先生方に力を借りながら活動しており、その中で当センターが立ち上がるときに声をかけていただいたのがきっかけです。今回はじめての取り組みということもあり、業務は多岐に渡ります。プログラムを作るだけではなく、地域や学内の先生方に「一緒にやりませんか」と声をかけ、学内外がつながるための橋渡しのような役割を担っています。コーディネーターとしては企画や方向性が偏らないよう、自分の個性を消すことを意識しています。STEAM教育は多岐に渡る教育ですし、山形大学の様々な先生や職員の魅力を引き出すのが私の仕事ですから。
――山形大学出身の中村さんから見て、この活動の一番の強みはどんなところだと思いますか?
中村 私が在学中の頃にこんなセンターが欲しかった!と思うほど、地域と直につながれるところが強みです。子どもたちから直接連絡があるなど、今までになかった新たなつながりが生まれています。
――今回、「やまだいキッズラボ2022」の計8プログラムの中の一つとして大井沢自然博物館との連携を実現されたわけですが、どんな狙いがあったのでしょうか?
中村 まず大井沢自然博物館は、自身のNPOの研究のフィールドステーションとして、調査研究の場所、そしてイベントや学びの場として協力していただいている関係でした。大井沢自然博物館は、環境教育の発祥の地と呼ばれているような場所で、教員と地域の方が子どもたちに鳥獣班、植物班、養魚班というような形で教える自然教育を昭和初期から行っていた博物館なんです。
大泉 確かに他の博物館とは基盤が違います。見せるための博物館ではなく、子どもたちが自然を対象に観察しながら仮説を立て考えていく自然研究を1951(昭和26)年から行っている場所です。昨今、学校と博物館の連携が求められていますが、大井沢自然博物館では、かなり前からそれを実践していたわけです。そして丁度昨年から、もう一度原点に立ち返ろうというタイミングで中村さんに声をかけていただきました。
中村 実は企画当初から全8プログラムのうち、一つは大学を飛び出して地域で実施したいと考えていたんです。大井沢の環境教育の発祥という特徴がSTEAMとリンクするという点から、初年度こそこの場所でやりたいという思いがありました。

中村さん

大泉さん

学びの場は学校から地域へ
体験だけではない、
次なる学びや気づきを提供

中村 「やまだいキッズラボ」では、初年度は子どもたちと深くつながる機会を作りたいという思いから、15〜16名程度の少人数制にしています。全8つのプログラムを見ると、理系が多いように感じるかもしれませんが、実は多岐に渡るテーマを扱っています。それはSTEAMの科学的な視点を使いながら様々な社会の問題を解決していこうというのが狙いだからです。
この点で、大井沢自然博物館のプログラムでは、人口減少や職人の担い手不足という普段着目される機会がない部分に焦点を当て、サポートできればと考えました。

――大井沢自然博物館でのプログラムはどんな内容だったのでしょうか?
中村 「やまだいキッズラボ」では、講師に大学関係者以外の方を招いて実施するということを一つの目標とし、それを強みとしてプログラムを作っています。そこで大井沢では、地元在住のわら細工職人さんをお招きし、地域の伝統文化とは何かを学びながら、大井沢のわら細工を習得し、未来に向けたデザインを作り発表するという内容としました。

ワラ細工の技法体験

わら細工の技法体験

伝統ってなんだ?わら細工の技法体験&未来デザインづくり

中村 プログラム後半は、わら以外に現代の素材として毛糸やタコ糸も準備し、それらの細長い紐状のものとハサミとボンドという限られた素材の中で、いかに自分が伝統文化というものを未来に伝えていくかというテーマで自由に創作しました。水筒のホルダーや籠状のものを作る子もいる中、最後の投票で最優秀賞を取った子が作ったのは、にっこり笑った形のわらでした。それを見た瞬間に参加者の皆さんも笑顔になり、嬉しかったですね。
大泉  今回の初連携プログラムでは、インプットとアウトプットをして終わりではなく、それが連続して起こるような内容を意図しました。「?」がどんどん続いて増えていくようなことをやってみたいと思ったわけです。案の定、自由に作るのは難しいようでしたが、そこに大学生がサポートで入ってくれたことでどんどん形になっていきました。
完成しなくても、できなくてもいいんです。未来というものに向かって自分のイメージを形にしていく、そのプロセスで子どもたちはあれやこれやと悩みながら取り組みます。タコ糸を角で結ぶという一つを取っても彼にとっては課題解決なんです。
中村 今までのプログラムは体験して終わり、持ち帰って終わりということが多かったと思います。山形県でも様々なイベントが行われていますが、現場では「そうじゃない」と気づいている方がたくさんいらっしゃいます。次の世代に何かを伝えて育てるためには、体験だけではない次の学びや気づきが必要なのです。そんなところから日本でSTEAM教育が台頭してきたという背景があります。一つひとつのイベントごとに体験を通じて参加者が持ち帰る量が変わるわけです。そこがYU★STEAM教育の大きな魅力だと感じています。

地域と大学は
共に育っていくためのパートナー

――プログラムに参加した先生やサポートした学生たちはどんな反応でしたか?
中村 大井沢では人文社会科学部の下平先生がメイン講師となり、7人の学生がサポートで参加しました。下平先生から事前に、学生が現場で子どもと関わったり地域の方が抱える問題を実際に目にする機会が少ないという話をお伺いしていたので、そういったきっかけ作りも狙いの一つでした。彼らが自ら何かを発見して、その欠片を自分の中で持ち帰ってもらえたらという思いです。
大泉 イベントが終わった時、下平先生が学生に対し「やっとスタートだね」とおっしゃっていたんです。それがとても大事だと思いました。
中村 プログラムを一度実施すると「もっとこんなことができる」「次はあんな人を巻き込めるんじゃないか」といった新たな発見につながっていきます。そういった意味でイベントは実験の場でもあり、成果も得ながらブラッシュアップしていくような、まるで生き物のようなものです。地域の方々はそれを一緒に育てていく、まさにパートナーです。
今回のプログラムは、そこから「やりたい」という思いがどんどん立ち上がってきたスタート地点になりました。イベント後、学生からも「次のイベントもぜひ参加したい」「また大井沢に行きたい」という声が上がっているんですよ。
大泉 それはよかった!私は日頃から来館者や参加者の質問にはできるだけ本物の先生を充てるということを意識しています。子どもは、疑問が頭に浮かんだ瞬間スイッチが入って目がめらっと輝くんです。そういうときに、例えば土日にふらっと大井沢に来た学生が関わってくれたり、そんなつながりの可能性を得られたことは今回の連携の一つの大きな成果だと感じています。
中村 地域は先生方や教職員の方が学ぶ場所でもあります。地域で学ばせていただいて、課題や魅力を一緒に共有しながら歩んでいく共同体です。それを子どもたちを含めて一緒に実行することができる。その点で今回、本当に意義のあるセンターが立ち上がったと感じているところです。大泉さんをはじめ、連携してくださる地域の皆さんにはいつまでも一緒に歩んでもらえるパートナーでいて欲しいと願っています。
大泉 センターは建物と人の集まりであると同時に、運動体です。地域のフィールドで何かを学生に与えたいと思ってらっしゃる先生方もいて、そうして参加する人が増えていく。そういった活動は継続的に大切だと思います。子どもを育てるためには運動体であることが欠かせませんから。

――では最後に改めて今後のビジョンや目標を教えてください。
大泉 今の時代、Webには答えがすべて提示されていて、なんとなくわかった気になってしまいがちな世の中です。しかし、もし子どもの頃に自然の中で試行錯誤する体験をしていたなら、そんな時に「ちょっとおかしいな」という感覚を直感的に感じられるのではないでしょうか。そんな感覚を持つことは人間のアイデンティティの形成の仕方として、大切なことだと私は思います。まずはそんな企画を自然博物館で実行していきたいです。
さらに今、地域では高齢化により子どもの世界・世間を広げてくれる教え手が減っています。だからこそYU★STEAMのような多様な中間団体の存在が必要です。様々な団体の皆さんが博物館をプラットフォームとして活動し、子どもたちの世界を広げるいろいろな企画を共に作っていきたいと思います。
中村 私はSTEAM教育はあくまでツールだと思っています。そのツールを使い、いかに子どもたちや地域とつながり育てていく未来作りができるか。そしてその中で一番大切にしているのが人を育てるために必要な愛情です。いかに愛情を持って人と接してつながることができるかをこのセンターの中でも育んでいきたいです。

ワラ細工の技法体験

プログラムの様子

山形大学の教員や学生が地域の方々と一緒にプログラムを育てている。

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おおいずみまさひろ

おおいずみまさひろ●西川町大井沢自然博物館・自然と匠の伝承館学芸員。専門は歴史学。社会福祉分野の仕事に従事。子どもたちに「?」をバラまき答えを教えずに「!」に導くのが博物館の役割。足りないところはソーシャルワークの技法で各分野の専門家につないで答え探しに結び付ける。趣旨にご賛同いただける方は「この指とまれ」。

なかむらゆめな

なかむらゆめな●地域共創STEAM教育推進センターコーディネーター。山形大学と地域の子どもをつなぐ役割として従事。専門は保全生態学・行動学。NPOやまがたヤマネ研究会の代表として地域の野生動物の研究と環境教育にも注力している。

※内容や所属等は2023年2月当時のものです。

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