つなぐちから #07

今田恒夫×伊藤莉惟×湊谷遥

目指せ!日本一の長寿県
研究成果を地域の健康へ還元

2023.01.15

目指せ!日本一の長寿県研究成果を地域の健康へ還元

世界トップレベルの平均寿命を誇る日本。人生100年時代といわれる今、一人ひとりに合った治療・医療がさらに求められている。そんな“オーダーメイド医療”の実現を目指し、山形大学医学部が精力的に取り組んでいる活動がある。それが「山形県コホート研究」だ。現在、山形県人口の1/50を占める2万人以上がこの研究に参加。病気と遺伝子と生活習慣をデータで収集し、その相互作用を解明している。蓄積されたデータの解析と研究が進行する中、次なる段階として展開しているのが、研究で得られた新たな知見・成果を、健康づくりのヒントとして地域へ還元すること。今回はそのひとつである、住民向け健康教室を活用する上山市の取り組みについて伺った。
※コホート研究とは:コホート=集団。異なる集団の健康状態を長期的に観察・解析する研究。例・タバコを吸う人たちの集団と吸わない人たちの集団では、長い目で見たときに健康状態に違いがでるかどうか

研究で得られた
新たな知見・成果を地域に還元

――山形県コホート研究では、どんな地域性や特徴が分かってきているのでしょうか?
今田 15年前に始まった山形県コホート研究では、2万人以上のデータをもとにさまざまなことが分かってきました。例えば、人と人とのつながり・助け合いは長生きの秘訣であることや、笑う回数が多い人の方が長生きするといったことが明らかにされました。これは一般的に「そういうものだろう」と思われるかもしれませんが、科学的な根拠を持った医学論文としてまとめられた非常にユニークでオリジナルなものです。
山形大学医学部では、山形県コホート研究以前にも、高畠研究や舟形研究といった地域におけるコホート研究を40年前から行ってきました。結果、多くのノウハウやデータが蓄積されて、100件以上もの学術論文も出て、学術的には成功したと言えるでしょう。でも、一般の方には学術論文ではその結果は伝わりません。そして山形県コホート研究の現地点としては、ベースとなるデータ収集を終え、その結果を地域にお返しする段階です。そこで、いかに伝えるかというところで「地域の健康教室」という形として、県内の自治体にご活用いただいています。このほかにも、市民公開講座や県広報へのデータ提供なども始まりました。地域への還元としては、まだまだこれからという状況です。

――自治体と連携した「健康教室」は、いつ頃から始まったのでしょうか?
今田 2003年頃に高畠町で約3000人のコホート研究を始めましたが、健康教室が本格化したのはこの頃からです。第1回目は2004年頃の高畠町で、その時の講義は私も担当しました。ですから、もう20年継続していることになりますね。健康教室自体は2022年で100回の開催を迎えることができました。
伊藤 上山市では3-4年前から活用させていただいています。最近の教室では糖尿病予防、目の健康、認知症予防などについてお話ししていただきました。教室は10-15人ほどの少人数制でとても盛り上がります。
湊谷 私が担当している高血圧予防教室では、管理栄養士の先生から減塩のお話をしていただいたこともあります。こちらからの要望を講話の中に盛り込んでいただけるのでありがたいですね。
今田 上山市では健康教室以外にも健康に関する取り組みが盛んですよね。少し標高が高い場所での軽い運動がより体力増進に良いといったクアオルトの研究も自治体としてやられてますよね。
湊谷 はい、仙台大学やドイツのミュンヒェン大学からご指導いただいて研究をしています。クアオルト事業の代表的な取り組みが「毎日ウォーキング」という活動です。上山市内には認定8コースを含む約20コースが整備されていて、専門ガイドが案内します。年間360日予約不要で参加していただけます。
今田 町中を歩いていても、ウォーキングコースという標識をよく見かけます。私はいろいろな自治体とよくご一緒させていただきますが、上山市は一生懸命で本当に素晴らしいなと思っています。
伊藤 ありがとうございます。上山市では他にも、活動量計を持って歩いて健康になろうという「健康ポイント事業」の取り組みもしています。市が市民に対しアプローチするだけでなく、市民自身が関心を持って自ら情報を得に行く姿勢が見られます。そういった意味で、自治体と市民が相互に作用し合えているところにやりがいを感じます。

――印象的なエピソードがあれば教えてください。
湊谷 ある地区の公民館で目の健康をテーマにお話ししていただいた時は、最後に先生への質問が止まらなくなるほど好評でした。先生のお人柄もありますが、市民の皆さんが関心を持っているテーマを現場の立場からお話していただいたことがとても良かったです。
今田 それが目の前で話すいわゆる"出前講座"の良いところですよね。私達講師側も、話す規模で実感が変わります。例えば大規模な講演会で何百人に向かって話す時はどうしても一般的な話になりがちです。しかし、10〜15人の小規模で話をしていると、参加者から「私こうなんだけど」という話が出てきたり「あなたのその部分はこうした方がいいですよ」なんて、自分の問題を今一緒に相談して解決していくような感じになれますから。
伊藤 質疑応答の後に先生にマンツーマンで質問する光景もよく見られます。
湊谷 やはり市役所職員がお話をするのと、実際に現場に出られている先生方にお話しいただくのとでは、参加者の反応が全く違いますね。私達が机の上で考えてお話するよりもライブ感があり、喜んでいただけています。

糖尿病予防教室

糖尿病予防教室の様子。多くの方々が参加し、熱心に受講している。

地域で取り組む健康づくり

今田 コホート研究というのは登録してくれた人、ある健康状態の人が何年後にどうなるかというのを冷静に、客観的にデータを取っていく研究です。ですから、その人自身の健康を守るという形では一切お返しができません。中には「俺たちをモルモット扱いするな」と言う人もいました。でも「あなたには何のメリットもないけれど、あなたのお子さんやお孫さんの健康にはすごく役立つ。それによってこの地区が、日本で一番健康な地域になれるんですよ」と説明すると、快く承諾していただけました。これは非常にありがたいことです。自分が健康になりたいという願いもあるけれど、家族や地域の人が健康になるために喜んで協力する。そんな姿勢を見て、これはきちんとお返ししなければと切実に感じました。山形県コホート研究は、そんなつながりでできてるのだと思います。
湊谷 私達も地域の方々を見ていると、地元が本当に大好きなのだと感じます。例えばワールドカップで日本をみんなで応援しようという気持ちが高まるように、上山市民も山形・上山を応援しようという気持ちが強い。だからこそ健康になるために皆が団結するし、自分も頑張るという気持ちになれるのかもしれません。
伊藤 市民の皆さんは、基本的に自分の健康への意識が高いです。だからこそこういった山形大学のコホート研究を活用させていただき、健康教室を設けると申込みが非常に多いです。同じテーマでもリピートして来てくださる方も多いんですよ。
今田 今後はリピーターの方だけでなく、健康教室なんて行かないという人にどう届けるかが私達の課題ですね。
伊藤 無関心層の方にどう届けるかについては、上山市の課題でもあります。先にお話した「健康ポイント事業」は、約2〜3割の健康無関心層の方を取り込んでいます。健康教室には興味がないけど、活動量計を持って歩くなら楽しそう、やってみようというような方へのきっかけづくりにつながっています。
今田 人はなぜ生活習慣を変えないのか? という点では、若い人は気持ちはあるけれど時間がないといった理由で行動に結びつかない。一方、高齢者は気持ちがある人とない人が綺麗に分かれてしまう。そんな年代や相手の特徴を知った上でアプローチを変えていくと、もう少し効果的に進められそうだというようなことも研究結果として出つつあります。そうなると例えば、若者にはコスパを意識した企画や、医者の言葉を聞き入れないお年寄りには孫から伝えてもらうといった方向で、小中学校へのアプローチということもできるかもしれませんね。
伊藤 なるほど、まだまだできることがたくさんありますね。

今田先生と伊藤さん・湊谷さん

世界一の健康長寿県を
目指して

――最後に、これからの目標・ビジョンを教えていただけますか?
今田 究極の目標は山形県の人が日本で一番健康になる、あるいは世界で一番健康になることですから、正直まだ道のりは長いというところです。たとえ健康教室を100回開催したといっても達成には至りません。指標は難しく、山形県民の健康寿命がすぐに伸びるということはありません。ですから、今後もこの活動を5年10年続けていき、徐々に山形県の健康寿命の平均値が上がっていくことが目標です。そこで初めてこのプロジェクトは完成したと言えるでしょう。山形県が日本で一番健康な町になるように、これからも研究を続けて、その成果を皆さんにお伝えしていきます。
湊谷 私には、たとえ健康に興味がない人でも、そうではない人と同じレベルで健康になって欲しいという思いがあります。健康に関心がある人とない人の間に健康格差が生まれてしまうのはどうしても拭いきれないことなので、その格差を減らしていくことが目標です。
伊藤 赤ちゃんからお年寄りまで、すべての世代が健康でいることが一番ですが、世代によっては健康に関する情報を受け取りやすい世代がある一方で、受け取りにくい世代もあります。限られた条件下でも、種を撒くように、誰もが情報を獲得でき、生活に活かせる機会を少しずつ増やすアプローチをしていきたいと思います。

今田先生と伊藤さん・湊谷さん 談笑

プロジェクトの目標である「山形県の平均寿命の延伸」を目指し、これからも地域の人々に情報を提供していく。

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こんたつねお

こんたつねお●本学教授。博士(医学)。専門は腎臓内科学、公衆衛生学。地域住民コホートの健康診断・食事生活習慣・ゲノムのデータを用いた研究により、一人一人に合った健康増進・疾病予防方法の開発、Well-Beingの推進に取り組んでいる。

いとうりい

いとうりい●上山市出身。看護師としての病院勤務を経て保健師として上山市役所に入庁。「また来たくなるまち ずっと居たいまち ~クアオルトかみのやま~」のもと、健康な上山市のために、乳幼児から高齢者まで幅広い市民の健康づくりに努めている。成人から高齢者の糖尿病予防や特定保健指導業務を担当し、市の健康課題解決に取り組んでいる。

みなとやはるか

みなとやはるか●鶴岡市出身。2019年度に行政保健師として上山市役所へ入庁し、高血圧予防、産業保健との連携、一般介護予防事業などを担当。疾病があってもなくても自分らしく暮らせる「こころとからだがうるおうまち」を目指して、地域の健康増進に取り組んでいる。

※内容や所属等は2022年12月当時のものです。

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